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第25回セクハラ疑惑でコメントを求められたら

あの記者会見はこう見えた!
~クライシスコミュニケーションの視点から~

2018年4月18日、財務省福田事務次官はセクハラ報道により、職務を全うできなくなったとして辞職を表明しましたが、批判報道はその後も連日続き、とうとう財務省はセクハラを認定し福田氏は退職金も減額となりました。なぜ、ここまで批判は拡大したのでしょうか。プロから見ると典型的なクライシスコミュニケーションの失敗と見えます。一連の流れを振り返って教訓を明らかにしましょう。

「調査しない=容認」で世論を敵に

4月12日発売の週刊新潮で、財務省福田淳一事務次官のセクハラ発言が報道されました。これについて麻生太郎財務大臣は、参院財政金融委員会にて「調査しない」とコメントしました。この発言により世論を敵に回すことになってしまいました。これが失敗の始まりでした。そもそも疑惑報道がなされた場合には、事実がわからない中で発信するコメントは「事実関係を調査する」とするのがクライシスコミュニケーションにおいては基本中の基本です。なぜならば、「調査しない=容認する」のメッセージになるからです。
4月27日現在までの一連の報道を時系列で振り返りましょう。

4月12日、週刊新潮で福田事務次官のセクハラ疑惑報道、
麻生大臣が「調査しない」とコメント
4月13日、麻生大臣「あの話が事実なら、セクハラという意味ではアウト」とコメント
福田事務次官、セクハラを否定、裁判で争う姿勢でコメント
13日夕方、音声が公表される
4月16日、財務省が福田事務次官のセクハラ全面否定するコメントを公表
福田事務次官「言葉遊びが批判される時代になったのか」とコメント
財務省、セクハラを受けた女性は名乗り出るように求める
麻生大臣「福田の人権はないわけ?」とコメント
4月18日、福田事務次官が辞職表明
4月19日未明、テレビ朝日が「当社社員が被害」と発表、財務省にも正式抗議
4月26日、財務省は福田事務次官のセクハラを認定し、退職金を減額

被害者目線のメッセージが皆無

麻生大臣は最初のコメントで、「本人はいろいろな相手と会話している、誤解を受けることのないよう気をつけるといっている」「本人は反省している」と本人の気持ちのみを述べており、セクハラ被害者をいたわるコメントは何もありませんでした。弱者視点は皆無。何のメッセージ発信もありませんでした。その後に続くコメントも「あれが事実ならアウト」と他人事のような発言、「はめられたという意見がある」「福田に人権はないのか」と財務省保身のコメントのみで「調査する」「セクハラ許さない」発言は出ませんでした。
では、どうコメントしていたらよかったのでしょうか。「報道された内容は誰の発言であれ、明らかにセクハラ。セクハラは断じて許さない、厳しく処分する、というのが私の方針だ。まずは第三者機関を設置して調査する」と最初にコメントしてほしかったと思います。このように被害者視点に立つ姿勢を示していたら、麻生大臣はヒーローになっていたでしょう。
セクハラ報道を見て多くの女性達は「ああ、私もされたな」「気持ち悪かった」「不快で仕方なかった」「仕事だからと諦めたな」と思い出して、傷を深めています。そこで麻生大臣が「セクハラ許さない」と強く言ってくれたら、自分達の気持ちを代弁してくれたと感じることができて、気持ちがすっきりしたと思います。
国民の気持ち、弱者の視点に立ったコメント発信力は国力ともいえるのではないでしょうか。国防、経済力同様にコメント力は国を守る力にもなります。今回の対応では、世界中の女性達を敵に回し国益を損ないます。トップは国力と認識し、コメント力も磨いてほしい。

無自覚でもダメージ軽減のコメントは出せる

福田氏については2つの推測をしました。推測1、酩酊しておりセクハラしたことを全く覚えていない(でもそれならすぐに謝るはず)。推測2、セクハラ自覚があるが否定して裁判で争う方針をみせることで時間を稼ぐ。それまで次官職は手放さない(世論がもたないだろうに)
しかしながら、その後に発した「言葉遊び」を聞き、第三の推測「無自覚」「癖」を確信しました。彼の中でセクハラは存在しない。あるのは言葉遊び、楽しい会話、だから相手も楽しんでいるはず、という思い込みではないでしょうか。「これまでも発言してきたが、周囲から咎められることはなかったし、こうして次官にまで上り詰めた。なぜ、ここまで報道され、批判され、辞職にまで追い込まれたのか不可解で仕方ない」といった気持ちかもしれません。自覚がないため謝罪コメントは出しようがないのです。
こんな信じがたい人はいるのだろうか、とかもしれません。私は何度か出会っています。無自覚は他人事ではないのです。メディアトレーニングの研修では、ビデオ撮影した後、自分の姿を客観的な視点で振り返りをしますが、その際に自分の気づかなかった「癖」を発見して衝撃を受ける方が大半です。「座り方が横柄だな」「顎が上がってえらそうだ」「上を見る癖があるな」「口が曲がるな」「早口すぎる」「語尾を押しすぎて押しつけがましい」「言い訳ばかりしている、逃げてるようだ」と。気づけば直すことができるのですが、そのためには「それが悪い」と認識することが必要です。しかしながら、悪いと認識しない方もまれにいます。「何で悪いの?」「何で相手が傷つくの?」「相手が傷ついて何が悪いの?」「相手が神経過敏なんでしょう」「悪いと認めたら裁判で負けるからできない」と出口が見えない会話に陥ったことがあります。福田氏の場合も同じケースだと感じました。
たとえ無自覚でもコメントでダメージ軽減はできます。例えば、「私自身はセクハラをしたという認識はないのだが、相手が不快に思ったのであれば、それは大変申し訳ない。自覚するべきだと痛感している。この方にきちんと謝罪したい」。潔くこう言えていれば、ここまで批判が拡大することもなかったでしょう。
さて、財務省でセクハラ認定を受け、辞職に追い込まれ、退職金減額という重い代償を払った福田氏は、「自分は楽しい言葉遊びであっても、相手は不快に思う言葉がある」と自覚することはできたのでしょうか。財務省の風土にも問題があります。セクハラは許さない、といった認識、風土づくりをしなければ再発してしまうでしょう。

<参考データ>
財務省、本件に関する公式見解書、4月16日、18日
https://www.mof.go.jp/public_relations/ohter/20180416chousa.html

著者:石川慶子氏

有限会社シン 取締役社長
日本リスクマネジャー&コンサルタント協会 理事
公共コミュニケーション学会 理事
日本広報学会 理事
公式ページ:http://ishikawakeiko.net/
詳しいプロフィールはこちら

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