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  1. わが国クレジットカードの歩み 風間眞一
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第1回 クレジットカードの原点

【1960年に誕生した紙製クレジットカード】
クレジットカードの利用が好調だ。2018年の国内におけるクレジットカード・ショッピングの取扱い高は、前年比14.2%増の66兆6,877億円。13年の41兆7,915億円から5年で約1.6倍に増加した(日本クレジット協会統計)。

政府は、クレジットカードや電子マネーなどで支払う「キャッシュレス決済」の比率を25年までに40%に高める目標を掲げ、さまざまな推進策を講じている。消費増税に伴い、19年10月から20年6月まで実施されているキャッシュレス決済時のポイント還元も、クレジットカード決済を後押しするに相違ない。

クレジットカードが、わが国に登場して今年でちょうど60年、人間でいえば還暦にあたる。月賦百貨店の丸井(現丸井グループ)が1960年3月に、わが国初となる「紙製のクレジットカード」を発行したのが嚆矢(こうし)だ(写真1)。上顧客向けの一回限りの限度付きカードで、完済すると次のカードが発行される仕組みだった。また、丸井はカード発行に先立つ同年1月に、「便利でお買い得な丸井のクレジット」という宣伝コピーを採用。それまで使っていた「月賦」の呼び方を米国風の「クレジット」に替え、クレジット新時代の幕開けをアピールした。

自社専用のクレジットカード発行に遅れまいと、同年12月には、わが国最初の汎用クレジットカード会社「日本ダイナースクラブ」(現三井住友トラストクラブ)が、日本交通公社(現JTB)や富士銀行(現みずほ銀行)などの出資で誕生。米ダイナースクラブの世界10番目のフランチャイジーとして、翌61年1月からダイナースクラブカードの発行を開始した。前回の東京オリンピック(64年開催)を3年後に控え、国際観光振興と訪日外国人の外貨獲得を狙ったものだった。

また、61年1月には、純和製の「日本クレジットビューロー(現JCB)」が、三和銀行(現三菱UFJ銀行)と日本信用販売(現三菱UFJニコス)との折半出資で設立された。JCBはダイナースクラブと同様にチャージアカウント(1回払い)で、分割払いの日本信用販売と棲み分けが図られた。カードの発行対象はダイナースクラブがステータスの高い層に狙いを定めたのに対して、JCBは中間所得者層をメインとする、より大衆的なクレジットカードを志向していた。

【クーポンでの割賦販売がキャッシュレスの先駆け】
ここで日本信用販売創業時を振り返り、「クレジットカード前史」を垣間見たい。日本信用販売の設立は51年6月(66年、日本信販に社名変更)。戦後間もなく社会がまだ混沌とするなか、同社は世界にも類を見ない「クーポン(購入券)」を使った割賦購入あっせん事業を東京・本郷で開始した。また、その前年には京都専門店会が「チケット」による割賦販売を始めていた。

この証票(チケットやクーポン)を使い、顧客と加盟店の間で代金支払いの取り次ぎを行う仕組みこそが、「わが国クレジットカード制度の原点」といえよう(写真2)。その後、米国流のカードシステムと相まって、日本独自のクレジットカード社会が形成されていく。

「勤続3年、妻子有り」──日本信用販売の創業者、山田光成が大衆のための割賦販売(信用販売)を始めるにあたり、作ったキャッチフレーズである。山田は「同じ会社に3年勤め、妻子があればそれは立派な資産であり、それだけで十分信用してよいのではないか。一生懸命働いている人には、“信用”という無形の財産があり、それを“担保”に信用販売をしてもいいのではないか」と考えたのだ。

【4百貨店の加盟がクーポン事業を後押し】
業務の第一歩は有力加盟店の獲得。間接割賦販売が世間にほとんど知られていないなか、従来の月賦のイメージである「安かろう、悪かろうの月賦」を払拭するためには、信用ある百貨店の加盟が必須と考えた。

創業前の2年間、山田は百貨店に日参したが、よい返事は得られなかった。しかし、事業化をあきらめかけ、念のためにという気持ちで出掛けた高島屋で、当時の営業部長と東京支店長がその場で「やりましょう」と言ってくれた。日本橋高島屋の加盟を契機に、白木屋(注1)、松屋、京浜百貨店が次々加盟店となり、クーポン事業はようやく緒に就いた。

4百貨店の加盟を得て、今度はクーポンを使ってくれる会員募集が始まる。創業時、企業や役所など職域単位で募集した。会員になると会員証とクーポンが配付され、会員は買い物の際、クーポンに加えて会員証と印鑑を必要とした。会員はあらかじめ会員証に押印し、買い物時に「本人確認」の意味で、売り場で同じ印をクーポン1枚ごとに押して店員に手渡した。

クーポンは、衣類や生活必需品などの購入に幅広く使われ、利用代金の集金は給与天引きで行われた。戦後の混乱期、庶民の暮らしは厳しく、生活のギャップを埋めるクーポンは大いに重宝された。企業・役所における福利厚生の性格もあったため、職域ごとに厚生課長や総務部長が業務の代行者として代金徴収やクーポンの管理などを無償で引き受けてくれたという。

当初、クーポンは1冊3,000円分(500円券と100円券のつづり)で有効期限は1カ月。使った額を毎月3分の1ずつ支払う3カ月割賦だった。その後、消費者の衣食が充足し、購買意欲が耐久消費財へと向かうと、6カ月、10カ月、20カ月払いも取り扱われるようになる。

もっとも、順風満帆と思われたクーポン事業も地方の百貨店にまで広がると、百貨店の割賦販売に脅威を示す小売店には強く反発する向きもあり、これがもとで国の規制(注2)や法律の制定(注3)につながっていく。ともあれ、クーポン制度はクレジットカードに引き継がれ、わが国社会に確実に根を下ろしていった。

(注)
1 後の東急百貨店日本橋店、99年に閉店。04年、跡地にコレド日本橋が開業。
2 59年10月に発出された通産大臣の「34年通達」で、信販会社は異なった都道府県に所在する百貨店の店舗に共通して使用できるチケットを発行してはならないとされた。
3 61年7月の割賦販売法制定。

かざま しんいち
日本信販(現三菱UFJニコス)、CICで24年広報に携わる。NPO法人広報駆け込み寺顧問、NPO法人日本リスクマネジャー&コンサルタント協会監事。経済広報センター主催『第23回企業広報賞』で「企業広報功労・奨励賞」受賞。

掲載号 / 週刊金融財政事情 2020年1月27日号

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