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  1. わが国クレジットカードの歩み 風間眞一
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第2回クレジットカード市場の創成

【都銀のカード会社設立が相次ぐ】
戦後の復興期を経て、経済の高度成長期に入った1960年代、わが国は「大量生産、大量消費」の時代を迎えていた。家電を中心に耐久消費財の購入意欲が高まる一方、マイカー時代の到来を予感させるモータリゼーションも進展。また、「大量・廉価販売」を掲げるスーパーマーケットのチェーン展開が加速するなど大衆消費社会の出現に伴い、消費の拡大を支える多様なクレジットシステムへの期待感がふくらんでいった。

わが国でのクレジットカードの発行は60年3月の丸井に始まり、60年代に加速する。同年12月の日本ダイナースクラブ(現三井住友トラストクラブ)や61年1月の日本クレジットビューロー(現JCB、写真1)の発足を皮切りに、都市銀行によるカード会社の設立が60年代後半から相次いだ。

67年12月に三菱銀行(現三菱UFJ銀行)系のダイヤモンドクレジット(DC、現三菱UFJニコス、写真2)が東京で、住友銀行(現三井住友銀行)系の住友クレジットサービス(現三井住友カード、写真3)が大阪でそれぞれ産声を上げた。続いて、68年3月に東海銀行(現三菱UFJ銀行)系のミリオンカード・サービス(MC、現三菱UFJニコス)が名古屋で、同年6月にはJCBとの共同出資で北海道拓殖銀行系のエイチ・シー・ビー(HCB、後にJCBと合併)が札幌で発足した。

さらに、69年6月には当時の第一、日本勧業、富士、三菱、太陽、埼玉の各行が資本参加するかたちでユニオンクレジット(UC、現UCカード)が東京で誕生した。これで、都市銀行のクレジットカード事業への参入が出揃うかたちとなり、各社間で激しい競争が繰り広げられることになる。

もっとも、わが国に米国流のクレジットカードが広く浸透するには少なからず時間を要した。わが国には戦前から続く月賦百貨店や信販会社などでクーポンやチケットを使った間接割賦販売が存在したものの、社会全般に現金主義の風潮が根強く、昔ながらの「ツケ」「掛け売り」「盆暮れ払い」の商習慣も健在だった。この時代、クレジットカードはあればあったで便利なものの、なくても別に困らないといった認識が一般的だったようだ。

ところで、銀行はクレジットカード事業を開始するにあたり、米国の商業銀行と同じく銀行本体で直接カードを発行したい意向が強かった。しかし、当時の大蔵省は、クレジットカード事業が銀行法上の規制に抵触するとして許可せず、また無担保の個人への信用供与はリスクが大きくカードビジネスの採算面にも疑念を抱いていたため、銀行の思惑どおりには進まなかった。こうしたことから、銀行は別にカード会社を立ち上げざるをえず、これらは「銀行系カード」と呼ばれるようになる。

なお、新しく誕生した業界だけに事業を進めるうえでもさまざまな問題が発生した。諸問題に対処するために各社で協力する必要があり、69年2月に「カード5社会」(日本ダイナースクラブ、JCB、DC、住友クレジット、MC。後にUCが加わり6社会に)が結成された。6社会はその後、84年10月に発足する「日本クレジットカード協会」(JCCA)に発展的に引き継がれていく。

【日本信販が先駆けてクレカ制度を導入】
一方、クーポン事業を手掛けていた信販会社もクレジットカードの取扱いを始める。最初に取り組んだのは、JCBの設立にもかかわった日本信販(現三菱UFJニコス、写真4)で、66年10月からそれまでのクーポン制度をクレジットカード制度に順次移行した。

買い物の際、会員証や印鑑を必要とするクーポンの仕組みでは多様化する消費動向にそぐわず、サイン一つで買い物できるクレジットカードへの転換が急がれたようだ。同社のクーポン会員のカード切り替えが全部完了するのは69年2月となるが、当時は有効期限3年、信用限度額は5万、8万、10万円の3段階で発行された。1枚のカードを家族で利用できるタイプもあり、カードに本人と家族が連名で署名した。カードには裏面に紙製の利用限度表を貼り、利用するたびに売り場の販売員が金額を書き込み、カード使用額がひと目で確認できるようにした。初期の信販カードには、クーポンの要素も加わっていたのである。

【中小小売商団体や地方信販も発行開始】
ほかの信販会社でもクレジットカード事業への進出が活発化する。中部日本信販(後にセントラルファイナンス、現セディナ)と鹿児島信販(後に国内信販、現楽天カード)が69年4月に、また広島信販(現オリエントコーポレーション)が同年11月に、北日本信販(現ジャックス)が70年12月に、大阪信販(現アプラス)が72年10月にそれぞれクレジットカードを発行するなど、全国でカード発行が相次いだ。これらのカードは「信販系カード」といわれた。

また、チケットによる割賦販売を行っていた中小小売商団体でもチケットをクレジットカードに切り替える動きが見られた。日本専門店会連盟(日専連)が70年4月から全国共通の日専連カードを、日本商店連盟(日商連)も73年6月から全国共通のNCカードを発行開始。家電メーカーでも、例えば日立クレジット(現日立キャピタル)が74年6月に百貨店と提携してリボルビング(回転信用)カードを発行した。

このように各業態から多彩なクレジットカードがラインアップされ、わが国のクレジットカード市場が形成されるに至る。ただし、信販系や中小小売商団体のクレジットカードはクーポン(チケット)事業の延長で分割払い機能を持つショッピングカードだったのに対して、銀行系カードは翌月一括払い(1回払い、マンスリークリア)であり、T&E(Travel & Entertainment)カードの色彩が強かった。

掲載号 / 週刊金融財政事情 2020年2月3日号

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