第2回では、企業の基礎体力を、
筋力、持久力、柔軟性、バランス、敏捷性という
五つの要素に分けて整理しました。
では、それらはどこで育つのでしょうか。
特別な研修や、危機が起きたときの訓練だけで
身につくものではありません。
むしろ、日常の中で、
どのような会話が行われているか、
小さな違和感がどう扱われているか、
情報がどこに集まり、どう共有されているか。
そうした平時の積み重ねの中で、
基礎体力は少しずつ形づくられていきます。
言い換えると、
リスクマネジメントは、
特別な場面でだけ機能する仕組みではなく、
日常の現場にどう埋め込まれているかが問われるものです。
問題が表に出てから動く企業と、
表に出る前から小さく整えられる企業の違いは、
まさにこの点にあります。
まず重要なのは、
違和感が違和感として扱われる空気があるかどうかです。
現場では、まだ明確な問題とは言えない段階で、
「何か気になる」
「少しおかしい気がする」
といった感覚が生まれることがあります。
しかし、その感覚は、
数字や事実のように明確ではないため、
組織の中では軽く扱われやすいものです。
忙しさの中で後回しにされたり、
気のせいとして流されたり、
言い出しにくいまま消えていくことも少なくありません。
けれども、
後になって大きな問題となる事象の中には、
こうした小さな違和感の段階で、
すでに始まっていたものが数多くあります。
だからこそ、
基礎体力のある組織では、
完成した報告だけではなく、
未整理な気づきや小さな懸念も、
ある程度受け止められる空気があります。
もちろん、
すべての違和感が正しいとは限りません。
見立てが外れることもあります。
それでも、
違和感を口にできること、
口にした内容がすぐに否定されず、
一度は受け止められること。
この土壌があるかどうかで、
敏捷性も柔軟性も大きく変わってきます。
次に問われるのは、
そうした気づきや情報が、
その場限りで終わらず、必要なところに届くかどうかです。
どれほど現場に感度があっても、
情報が個人の中にとどまり、
共有されず、蓄積されず、
その場の会話だけで消えてしまえば、
組織の力にはなりません。
逆に、
小さな変化や違和感が、
必要な人に届き、振り返ることができ、
次の判断につながる形で残っていけば、
それは企業の基礎体力として蓄積されていきます。
ここで大切なのは、
大がかりな仕組みを最初から整えることではありません。
誰がどの情報を持っているのか。
どこに集めれば見失わないのか。
気になることがあったとき、
誰に、どのように共有すればよいのか。
そうした基本的な流れが、
日常の中である程度見えているだけでも、
組織の状態は大きく変わります。
情報は、集めるだけでは足りません。
必要なのは、つながることです。
現場の気づきが管理部門につながる。
顧客からの声が経営判断につながる。
一度起きた出来事が、
次の備えにつながる。
この接続が弱い組織では、
同じようなことが何度も繰り返されます。
一方で、情報がつながる組織では、
個別の出来事が経験として残り、
少しずつ耐性が育っていきます。
そしてもう一つ、
見落としてはならないのが、
判断の軸が日常の言葉になっているかどうかです。
何かが起きたとき、
組織は必ず何らかの判断を迫られます。
何を優先するのか。
何を守るのか。
どこまで譲り、どこで踏みとどまるのか。
このとき、
判断の土台となる考え方が
日頃から共有されていない組織は、
その場の空気や立場の強い人の意見に
引きずられやすくなります。
結果として、
対応が場当たり的になり、
社内でも社外でも不安を広げてしまうことがあります。
反対に、
自分たちは何を大切にしているのか、
どのような姿勢で向き合うのかが、
日常の言葉としてある程度共有されている組織は、
迷いながらでも、重心を失いにくくなります。
ここで言う判断の軸は、
立派な理念文書の有無だけで決まるものではありません。
日頃の会話の中で、
何を良しとし、何を避けるのかが
少しずつ共有されているか。
管理職や経営層が、
言葉と行動をある程度一致させているか。
現場がその姿勢を感じ取れているか。
そうした日常の積み重ねの方が、
実際にははるかに大きく影響します。
基礎体力は、
特別な日のために急いでつくるものではありません。
違和感を口にできる空気。
情報が集まり、つながり、残る流れ。
そして、判断の軸が日常の言葉になっている状態。
これらがそろっているとき、
企業は問題が表に出る前の段階から、
小さく整え、早く動き、
大きく崩れにくい状態を保ちやすくなります。
リスクマネジメントとは、
何かが起きたときの対応力だけを指すのではなく、
平時にどのような状態を育てているかという問いでもあります。
次回は、この「基礎体力としてのリスクマネジメント」を、
経営や実務の中でどのように位置づけ、
どのように継続して整えていくのかを、
最終回として束ねていきます。
特定非営利活動法人日本リスクマネジャーアンドコンサルタント協会(RMCA)
理事長 荒木洋二