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  1. 広報の目 風間眞一
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第4回 カード国際化の道のり

【最初の国際カードは外貨預託方式】
クレジットカードが国内外で支障なく使えるのは当たり前。だが、そこに至る道のりは決して平たんではなかった。最初の“国際カード”は、日本ダイナースクラブ(現三井住友トラストクラブ)が1963年10月に発行したものであり、ちょうどわが国に厳しい外貨統制が敷かれている時だった。あらかじめ割り当てられた外貨を銀行に預けておき、その範囲で使える「外貨預託方式」のカードだった。
経済成長が続き、わが国の外貨事情も改善し、前回の東京オリンピック開催の64年には海外旅行が自由化。外貨の持ち出し制限が徐々に緩和されるに従い、クレジットカード決済も70年4月に「事後決済方式」に改められた。海外で使ったカード代金は銀行を通じて日本円で支払えるようになり、差し当たり“カードの国際化”が実現した。
ただし、国内用とは別に海外用カード(有効期限1カ月~1年)をもう1枚持つ必要があった。日本クレジットビューロー(JCB)はアメリカン・エキスプレス・インターナショナル(AMEX)と提携し、67年8月に海外専用AMEXカードを発行(写真1)。住友クレジットサービス(現三井住友カード)もバンク・オブ・アメリカ(バンカメリカード、後のVISAカード)と組み、68年10月から渡航者向け専用カードを発行した。

続いて、ダイヤモンドクレジット(DC、現三菱UFJニコス)が米国のクレジットカード連合組織のインターバンク・カード・アソシエーション(ICA、後にマスターカード・インターナショナル)に加盟し、69年8月から海外旅行者向けDC国際カード・マスターチャージカード(現マスターカード)の発行に着手した。同じくミリオンカード・サービス(MC、現三菱UFJニコス)が71年6月、ユニオンクレジット(UC、現UCカード)が72年4月、非銀行系の日本信販(現三菱UFJニコス)が73年6月から海外専用カードを展開した。

【海外専用カードから国内外共通カードへ】
わが国経済の国際競争力が高まるのに伴い、渡航外貨規制は78年4月に撤廃。国内外で共通して使える“真の国際カード”発行が可能となった。
最初に国内外共通カードの発行に取り組んだのが日本ダイナースクラブで、78年10月のことだ。続いて住友クレジットが80年2月に国内外共通のVISAカードを発行し、同年5月にはビザ・ジャパン(現VJA)を創設し、フランチャイジーの獲得に乗り出した。地方銀行や信用金庫などの系列カード会社(ブラザーカンパニー)を傘下に、全国でVISAカードの発行と加盟店開拓を進めた。
一方、ICAグループのDC、MC、UCは81年2月から国内外共通のマスターカードを発行(写真2)。83年2月には農林中央金庫系列の協同クレジットサービス(現三菱UFJニコス)が設立され、マスターカード陣営に加わった。
JCBは提携するAMEXが日本へ直接進出したことを受け、81年5月から香港・マカオで自社加盟店の獲得に乗り出し、単独で海外展開を開始。その後、世界中で加盟店網を広げ、カードの現地発行を手掛けることで、今日JCBブランドを国際カードブランドの一角に押し上げた。

【マスターカードとVISA同時発行が定着】
銀行系の国際カード発行が活発化するなか、日本信販はマスターカードに加え、VISAカードの発行を標榜。当時、銀行にしか与えられなかったビザ・インターナショナル(現ビザ・ワールドワイド)のライセンスを得ようと果敢に動いた。
日本信販は紆余曲折を経て86年10月に、すでに共用カード発行で提携していた郵便貯金と組み、ビザのスペシャルライセンシーを獲得し「VISA・郵便貯金ジョイントカード」の発行にこぎ着けた。ただし、カード決済は郵貯口座に限られ、加盟店獲得(アクワイアラー権)は許されなかった(97年1月に許可)。また、3者提携に異議を唱えたビザ・ジャパンの立場もあり、国内のVISA加盟店は開放されず、VISA・郵貯カードは海外で発行されたVISAカードと同様の扱いとなり、会員は変則的なかたちでの国内利用を余儀なくされた(88年7月に全面開放)。
カード決済に銀行口座を使うことは、粘り強い交渉もあって、87年11月に許可された。また、カード券面での日本信販ロゴの付帯や国内の日本信販加盟店の利用も認められ、晴れて「日本信販・VISAジョイントカード」が誕生した。これが突破口となり、88年2月には流通系の西武クレジット(現クレディセゾン)とダイエーファイナンス(後にOMCカード、現セディナ)にも同様の発行権が与えられた。
今や常識のVISAカードとマスターカードのデュアル(同時)発行は、この時、日本信販が先鞭をつけたものであり、その後のわが国カード市場の勢力図を大きく塗り替えることになる。
非銀行系の矢継ぎ早のVISAカード発行を横目に、マスターカード陣営のDC、MC、UCの3社は、88年10月にDCが口火を切るかたちでビザ・インターナショナルに加盟。各社は89年4月から一斉にVISAカードの並行発行を始め、いわゆるデュアルライセンス時代の到来を決定付けた。
また、マスターカード陣営は国内VISA加盟店の開放でVISA陣営の勢力拡大に対抗するため、協同クレジットを含む4社で89年3月にマスターカード・ジャパン(現日本マスターカード決済機構)を発足し、同年9月から国内のマスターカード加盟店の相互開放が実現した。
これに対し、ビザ・ジャパンも動いた。89年1月にマスターカード・インターナショナル(現マスターカード・ワールドワイド)と提携。マスターカードを発行するため、別にオムニカード協会(後にオムニカード)を立ち上げ、同年4月からマスターカードの取り扱いを始めた。
従来の枠組みを超えた2大国際ブランドとの提携が進んだことから、カードの使い勝手は飛躍的に向上。VISAやマスターカードのデュアル発行が広がる一方、AMEXやJCBブランドも加わり、国内で複数の国際ブランドのカード発行が定着した。国内カード各社が発行するカードの汎用性や使い勝手に差はなくなり、顧客争奪を巡る競争が一段と熾烈を極めることになる。
掲載号 / 週刊金融財政事情 2020年2月17日号

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