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  1. あの記者会見はこう見えた 石川慶子
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第55回 菅新首相のメッセージ戦略を振り返る

9月14日午後、自民党総裁選で菅義偉氏がトップ当選し、菅新内閣が発足しました。しかも国民の内閣支持率は74%(日経新聞)で歴代3位の高支持率。これほどの高支持率はどうして引き起こされたのでしょうか。派閥支持だけではない広報戦略の成功があったと私は分析しています。

記者会見のライブ配信が多く、3氏の主張がよく見えた

主な記者会見、支持率に関する世論調査を時系列にまとめました。

8月28日 安倍総理辞任表明会見
8月30日 日経世論調査発表 石破氏1位
9月1日 岸田氏、石破氏立候補表明
9月2日 菅氏立候補表明
9月8日 自民党所見発表演説会、3氏共同記者会見
9月10日 共同通信世論調査実施 菅氏1位
9月12日 日本記者クラブ主催 立候補者討論会
9月14日 自民党新総裁 菅氏選出
9月17日 新内閣支持率 歴代3位

安倍前総理が9月28日に辞任を表明したことを受け、日経新聞が8月29,30日に「次の首相に誰がふさわしいか」を緊急調査した際の結果は、1位石破茂28%、2位河野太郎15%、3位小泉進次郎14%、4位菅義偉11%、5位岸文雄6%でした。

ところが、9月1日に石破氏と岸田氏が立候補表明の記者会見を開き、菅氏は9月2日に立候補表明会見を行うと石破氏と菅氏の支持率が逆転しました。9月8,9日の共同通信の世論調査結果では、菅氏が50.2%、石破氏30.9%、岸田氏8%となったのです。そして、菅新内閣が誕生すると支持率は74%と歴代3位の高支持率となりました。一体この現象をどうみたらよいのでしょうか。

今回は両院議員だけの選挙ではありましたが、立候補表明記者会見、自民党内での所見表明演説会、各種公開討論で3氏の比較ができたこと、ユーチューブでのライブ配信も頻繁でした。そのため、自民党内の総裁選という身内の選挙ではありましたが、各人の立候補の表明の仕方や内容、主張が非常によく見えたといえます。プロセスが見えたこと、菅氏の主張がダイレクトに伝わったことが9月17日の新内閣への高い支持率につながっているのではないかと思います。それにしても、米大統領の討論会(9月30日)と比べると、日本の方がよっぽど民主的で礼儀正しい討論会でした。3氏は決められた討論のルールにのっとり、真剣に自分の主張をしたことは誇りに思います。

次に3氏の戦いぶりをメッセージ発信の視点から振り返ります。

菅氏のスピーチ組み立て力は際立っていた

石破氏は貫禄があり、何度も総裁選に立候補してきた強さがありました。岸田氏は誠実な雰囲気が魅力的でした。菅氏は手堅さの印象はありましたが、見た感じが昔の政治家風。改革意欲のある人には一見して見えない。そもそも立候補するかどうかも直前までわからず、総理の姿を想像できない。

しかし、立候補表明会見では、菅氏のスピーチがもっともわかりやすく、頭にすっと入る内容でした。その後の自民党所見表明や討論会においても淡々とではありましたが、国民目線に立って実績をアピールした点が好印象として残りました。相変わらず伏し目がちで華やかさはなかったのですが、中身は濃いと思いました。

菅氏のスピーチについて特徴を振り返りましょう。何と言っても組み立て力が圧倒的でした。「立候補の理由」「自分の原点」「これまでの実績」「課題意識」「今後の方針」これを毎回軸としており、ステークホルダー別に内容をアレンジしています。例えば、立候補表明記者会見では、「自分の原点」として秋田から高卒で東京へ出てきて、お金も人脈もない中、ゼロから政治家を目指した内容に力点がありました。一人の若者の物語がそこにはありました。一般国民を意識した意図が見えました。

自民党での所見表明は、安倍総理への敬意と賛辞から始まりました。自民党での所見表明だからでしょう。内容では、官僚の大反対を振り切って成立させたふるさと納税、縦割りで進まなかったダムの水量調整の実現、インバウンドなど改革をしてきた自分の実績部分に時間を多く配分していました。このように組み立ては同じでどのステークホルダーにターゲットを絞るかによって内容の時間配分、力点を変えている点がスマートだと感じました。流れが一貫しているためブレていない印象を与えますし、毎回同じことを繰り返す部分もあるため、その部分は頭に入ります。

一方の石破氏、岸田氏。岸田氏は立候補表明会見では、スピーチ原稿はなく、何となく座って会見が始まり、4分の挨拶。司会も不在でその場で指名。石破氏は、25分身振り手振りスピーチをしましたが、理念ばかりで具体的ではありませんでした。これは、8日の自民党所見表明演説においても両氏は同じで、あるべき姿を語っていましたが、理念寄りで現実感がありませんでした。石破氏は「政治家のあるべき姿」「自由民主党のあるべき姿」でした。あくまでも党内しか見ていない。国民目線がないのです。岸田氏は、最後に自分の失敗談を語ってチームで行こう、と呼びかけましたが、失敗ばかりの人にリーダー役を託せるのでしょうか。そもそも最後に「失敗」「失敗」と繰り返されると運の悪さを印象づけてしまいます。石破氏、岸田氏両名の内容は、残念ながら「これはないなあ」と思うほど具体性がなく、目指す内閣の姿が見えない、残念ながら組み立ての悪さが目立ちました。

国民目線のわかりやすい言葉選び

菅氏の特徴の2つ目は、言葉の使い方がうまかったことです。官房長官としての菅氏は、記者さばきはうまいと思っていましたが、アピール力はどうなんだろうか、とスタートする前はやや懐疑的でした。しかし、今回のスピーチでは言葉をよく練っていました。例えば、自分の生い立ちを「自分の原点」と表現した点はうまい。内容は生い立ちで苦労話なのですが、生い立ちや苦労話と言わず「原点」と表現することで、政治家としての原点を語ることの必然性を自然な形で演出しました。

目指す社会像は「自助、共助、公助、そして絆」。災害の多い日本には欠かせない考え方で共感力のある言葉です。最後の仕上げメッセージは、「私が自民党の総裁になったあかつきには、行政の縦割りを打破し、既得権益を取り払い悪しき前例主義を排し、規制改革を全力で進める国民のために働く内閣を作りたいと思います」。「国民のために働く内閣」は、それこそ当たり前でありながら、実現できてこなかった姿ではないでしょうか。全体的に地に足のついたわかりやすいキャッチコピーでした。

厳しい質問にはシンプルに回答する

日本記者クラブ主催の討論会での厳しい質問への回答でも、菅氏は守りの堅い的確な言葉を使っていました。

質問:安倍政権を支えてきたのは確かだが、支える立場と総理は違う。本当に総理としてふさわしいのか。リーダーの資質は自分にあると考えるのか。

回答:官房長官として全体を見てきた。リーダーには全体を見る力が必要。自分にはそれがある。準備はできている。

「準備はできている」という言葉は、「私はやり遂げます」「私は資質があります」よりも的確な使い方だと思いました。3200回の記者会見をこなしてきただけのことはあります。

ゆっくり、かつシンプルに回答するのが菅氏の特徴です。シンプルすぎて説明不足と思うこともありますが、雄弁すぎると墓穴を掘ってしまいがちです。そのことをよく知っているのでしょう。厳しい質問にはシンプルに回答する方がよいのです。9月14日、官房長官として最後の定例会見では、失言回避力について聞かれた際、「全てを言わないこと、余裕を持たせること」と回答していました。シンプルさは本人が心がけてきた危機管理であったようです。

見た目も改革してスピードアップを

菅氏のスピーチをじっくり聞くと、これまで規制改革に取り組んできた改革派であることはよくわかりました。毎日100回腹筋運動していると報道がありました。自己管理能力が高いエネルギッシュな方なのでしょう。改革意欲みなぎる体づくりもしているということです。意外なことばかりで面白いともいえます。課題は、改革意欲があるのに見た目がそのように見えないこと。昔の既得権益を守る政治家に見えてしまうこと。

改革意欲に溢れた菅氏のメッセージ力を高めるために、ご自身の見た目も改革派にふさわしい姿にしてほしいと思います。中身と外見が違うと誤解を招く、あるいは理解のスピードが遅くなるからです。体のサイズに合ったスーツにすれば腹筋で鍛えた姿がわかり、改革意欲を正確に演出できるでしょう。そして、9:1の髪型の分け目をせめて7:3にしていただきたい。そうすれば、中身と外見が一致し、コミュニケーションのスピードも効率的になるでしょう。もちろん、今まで通り「意外性」で楽しませるという戦略も「あり」だとは思いますが。

【参考サイト】
<記者会見関係>
9月1日 岸田文雄氏 出馬表明会見
https://www.youtube.com/watch?v=eByZmEgCN60
9月1日 石破茂氏 出馬表明会見
https://www.youtube.com/watch?v=o4oO_QPRXQA
9月2日 菅義偉氏 出馬表明会見
https://www.youtube.com/watch?v=Gf16XlDXG7A
9月8日 自民党総裁選 所見発表演説会
https://www.youtube.com/watch?v=5VoM6oxz9R0
9月12日 日本記者クラブ主催 自民党総裁選立候補者討論会
https://www.youtube.com/watch?v=DlRU5oRNVUk
9月14日 菅氏 官房長官として最後の定例記者会見
https://www.youtube.com/watch?v=-9BFe1ebUNI
9月16日 菅総理大臣 就任記者会見
https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2020/0916kaiken.html

<世論調査関係>
8月30日 日経新聞 次期首相世論調査
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63223820Q0A830C2MM8000/
9月10日 共同通信世論調査発表 次の総理について
https://www.chunichi.co.jp/article/118478
9月17日 日経新聞 内閣支持率
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63999770X10C20A9MM8000/

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