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  1. 産業法務の視点から 平川博
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第71回 引きこもりの多様性

1.引きこもりとは
「e-ヘルスネット」という厚生労働省が管理・運営している生活習慣病予防のための健康情報サイトの「健康用語辞典」というカテ中、「引きこもり」と題するウェブページでは、以下のように記載されています。**************************************************************************************************基本的に長期間自宅から出ることができないでいる状態のこと。

厚生労働省の定義では、単一の疾患や障害の概念ではなく、「さまざまな要因によって社会的な参加の場面が狭まり、就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」とされています。厚生労働省が岡山大学に委託した調査結果によれば、引きこもりの子がいる家庭は少なくとも全国で41万世帯にのぼります。また医療機関等の統計では、男性が7-8割を占めるとの結果がでています。

引きこもりには、統合失調症などの精神疾患や学習障害や発達障害などにより周囲との摩擦が生じて引きこもる場合と、そういった疾患や障害などの生物学的な要因が原因とは考えにくい場合があります。後者は対人関係や心的外傷などが引き金となり、社会参加が難しくなってしまったもので、「社会的ひきこもり」と呼ばれることもあります。

引きこもりの人々の様相は多彩ですが、引きこもりが長期化するのは、生物学的側面、心理的側面、社会的側面から複数の要因が混在しています。**************************************************************************************************(https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-053.html)

2.疾患や障害による引きこもり
引きこもりの原因や要因は様々ですが、疾患や障害という医学的・生物学的側面の関与が大きい場合があります。このような観点から、長野県精神保健府寿司センターの「ひきこもりとは」と題するウェブページでは、「ひきこもりに関連する疾患」という見出しの下に、以下のように記載されています。**************************************************************************************************■第1群:精神疾患など
脳の神経伝達物質のアンバランスや脳の機能の障がい、脳の気質的な問題によって生じる疾患です。ストレスや身体疾患が引き金になる場合もあります。

<統合失調症>
考え方や気持ちが混乱したり、陽性症状として妄想や幻覚が起こったりします。陰性症状としては意欲の低下や、生き生きとした感情が感じられないということもあります。…(中略)…

<強迫性障がい>
「ありえない」ことと思いながらも繰り返し浮かんでくる、「鍵をかけ忘れたのではないか」、「悪いウイルスに感染するのではないか」などの考えに悩まされ、不安を消すために、鍵を何度も確認したり、何回も手を洗ったりすることなどに長く時間をとられます。…(中略)…

<うつ病>
意欲が持てなくなったり、体がだるくなったり、気力や集中力の低下、不眠、疲れやすさなどといった症状が現れます。…(中略)…

<社会不安障がい>
対人場面で悪い評価を受けることや、よく知らない場面で人目をあびる行動などに強い不安を感じます。…(中略)…

■第2群:発達障がいなど
発達障がいとは、様々な能力に生まれつき偏りがあり、主に広汎性発達障がいや注意欠陥多動性障がい、学習障がいなどをさします。…(中略)…

社会性の問題(人の気持ちの理解が苦手、視線が合いにくい)、コミュニケーションの問題(言葉の裏の意味が理解できない、相手に合わせた会話ができない)、想像力の問題(新しいことや変化への抵抗、こだわり等)があります。…(中略)…

■第3群:神経症など
パーソナリティ障がい(ないし、その傾向)や神経症的傾向、身体表現性障がい、同一性の問題などが主となる群です。**************************************************************************************************(https://www.pref.nagano.lg.jp/seishin/heisetsu/hikikomori/withdraw_config.html)

3.社会的引きこもり
厚生労働省が平成15年7月28日付で各都道府県・指定都市等に配布した「『ひきこもり』対応ガイドライン(最終版)(正式な題名は「10代・20代を中心とした『ひきこもり』をめぐる地域精神保健活動のガイドライン」の「Ⅰ章.『ひきこもり』の概念」では、「『社会的ひきこもり』とは?」という見出しの下に、以下のように記載されています。**************************************************************************************************近年まで、「ひきこもり」といえば、統合失調症などの精神疾患のために、なかなか社会参加が出来ない人への援助が、地域精神保健の中心的な課題でした。しかし、この10年ぐらいのあいだに、10代で不登校をしている人々の数が増加し、また、それらの人々が就学年齢を過ぎても、必ずしも社会適応がうまくいっていないという調査結果もでるようになりました1。つまり、狭義の精神疾患とは呼べないが「ひきこもり」を呈している人々への援助が地域精神保健の課題としてクローズアップされてきたわけです。

そこで、このような対象者の状態のことを、狭義の精神疾患を有するために生じる「ひきこもり」状態と区別して、「社会的ひきこもり」と呼ぶようになりました。たとえば、斎藤はその著書の中で「20代後半までに問題化し、6ヶ月以上、自宅にひきこもって社会参加しない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とはかんがえにくいもの」2と、その定義を述べています。

しかし、これもあくまでも、状態像の記述であり、医学的診断として提唱されているものとはいえません。すでに述べてきたように、「社会的ひきこもり」というカテゴリーにあてはまる人々のなかにも、さまざまな病態や状況の人々がいるのが現実なのです。すなわち、あるひとが「社会的ひきこもり」か否かという議論には、それほど大きな意味があるとはいえません。むしろ、現実に即しておさえておくべき大切な事柄は、(ⅰ)多様な人々が、ストレスに対する一種の反応として「ひきこもり」という状態を呈すること、(ⅱ)狭義の精神疾患の有無に関わらず長期化するものであること、そして(ⅲ)「ひきこもり」という状態の特徴として、本人の詳しい状況や心理状態がわからぬままに、援助活動を開始せざるを得ないことが多々生じていることであると思われます。

文部科学省:不登校に関する実態調査 2001 平成5年度不登校生徒追跡調査報告書
斎藤環:社会的「ひきこもり」1998 PHP選書**************************************************************************************************(https://www.mhlw.go.jp/topics/2003/07/tp0728-1b.html)

4.コロナ禍の影響
池上正樹氏(ジャーナリスト)が執筆した「氷河期世代支援『開店休業』の実態、コロナ失業で引きこもり急増の懸念」(DIAMOND ONLINE[2020.10.2 3:52配信])と題する記事では、以下のように記載されています。**************************************************************************************************2020年度からスタートした安倍政権肝いりの政策「就職氷河期世代活躍支援プラン」に、「ひきこもり(8050等の複合課題)支援」が組み込まれ…(中略)…

(2019年)12月末には、この支援プランに基づいて、関係府省会議で決定した「就職氷河期世代支援に関する行動計画2019」が公表されている。

しかし、各地の現場で進捗状況を尋ねてみると、国が目指した各都道府県と市町村でのプラットホームづくりは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあって、なかなか進んでいないのが現実のようだ。

そもそもこのプランは、方向性の違う2つの支援がくっつけられたため、いびつな形になっている。その2つの支援とは、「3年で30万人の正規雇用」を目的とした「就職氷河期世代支援」と、「社会参加に向け、個々の状況や家族も含めた継続的な相談」を必要としている「ひきこもり支援」だ。…(中略)…

これらの支援策を取りまとめる都道府県レベルのプラットホームで、熊本県とともに先行的に取り組んできた愛知県…(中略)…内では19年度中に、38市すべてと、町村部をカバーする5つの地域にプラットホームが設置された。

ところが、「ひきこもり家族会・当事者会」が構成員に入っているのは、38市中、わずか3市。町村部では2つの地域にとどまっている。…(中略)…

市町村では「県から言われてつくったけれど、何をしていいのか分からない」と声をひそめる担当者がいたり、プラットホームの構成員が「メンバーであることを知らなかった」と話していたりと、今のところ、自治体の多くが事実上の開店休業状態に陥っていることが分かった。…(中略)…

■コロナ失業は6万人を突破 引きこもり層が急増する恐れ
コロナによる解雇や雇い止めは、9月23日現在、6万人を超えた。これは、ハローワーク等で把握している人数であることから、水面下ではもっと深刻な状況であることが推測できる。

リーマンショックのときも、少し時間がたってから社会経験のある新たな引きこもり層が急増した。コロナ時代は、リーマンショックをはるかに超える規模で、今後引きこもり層が顕在化してくるだろう。

就職氷河期世代の採用のみならず、新卒採用も含めて、求人全体が大きく冷え込んできている。

有効求人倍率は、地域によっては2倍を超えていた時期から、この数カ月で2分の1以下に落ち込んだところもあり、企業からは「雇用を維持するのが大変だ」という声も聞かれる。**************************************************************************************************(https://diamond.jp/articles/-/250019)

5.対策
内閣府が作成した『平成26年版 子ども・若者白書』の「第2部 子ども・若者育成支援施策の実施状況」「第3章 困難を有する子ども・若者やその家族の支援」「第1節 困難な状況ごとの取組」では、「(3)ひきこもりへの支援(行為性労働省)」という見出しの下に、以下のように記載されています。**************************************************************************************************厚生労働省は,相談業務をより適切に実施するため,支援に当たる専門機関の職員などに向けた「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」を関係機関に配布している。また,医療・保健・福祉・教育・雇用といった分野の関係機関と連携の下でひきこもり専門相談窓口としての機能を担う「ひきこもり地域支援センター」の整備を推進している。「ひきこもり地域支援センター」は,平成25(2013)年12月現在,27道府県と15政令市に設置されている。平成25年度からは新たに,地域に潜在するひきこもりを早期に発見し,ひきこもりを抱える家族や本人に対するきめ細やかな支援が可能となるよう,継続的な訪問支援などを行う「ひきこもりサポーター」を都道府県・指定都市が養成し,市町村が家族や本人へサポーターを派遣する事業を行っている。その他,精神保健福祉センターや保健所,児童相談所において,医師や保健師,精神保健福祉士による相談・支援を,本人や家族に対して行っている。**************************************************************************************************(https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26honpen/pdf/b2_03_01_02.pdf)

6.芸術家としての資質
ここまで引きこもりは病的であるとか、反社会的であるとか、いずれにしてもマイナス面から考察して来ましたが、芸術家(発明家や研究者、探検家その他の求道者)としての資質に着眼すると、プラス面が見えて来ます。このような観点から、映画監督である槌橋雅博氏の「秘められたる力」(「監督のエッセイ」より)と題する記事では、以下のように記載されています。**************************************************************************************************以前、「引きこもり」の人たちのことを初めて知って僕がまず思ったのは、彼らには人並みでない潜在能力があるのではないか、ということだった。

通常我々は社会化して行く過程で、自己と社会との軋轢を解消するために自分の感覚や思考を抑圧して、不合理な現実に適応させることを行なう。意識的または無意識に、我々は何らかの自己の内的環境を破壊する事によって、社会の中で他者と共存する術を身につけているのだ。

しかし、「引きこもり」の人々は、このような「自己の破壊」を行うことを意識的に避けて、自己防衛を強固な意志のもとに行っている人たちであると考えられる。これは大変な労力を必要とすることだ。…(中略)…

優れた芸術家の特性のひとつに、独創性というものがある。これは「様々な他者が作り上げた価値システムから、どれだけ遠い距離をとって作品が成り立っているのか」ということである。つまり、他者の価値を否定して、自分以外には何の根拠も持たない「独善的価値」を徹底して、作品という形式に昇華させる事である。こういう「自分勝手」は簡単なようでなかなか難しい。

人間は弱いもので、どうしても他者を手本にし、学び、真似をし、盗み、評価の為に人々の感性に歩みより、妥協し、共感を手に入れようとする。しかし、「引きこもりの」人達はこのような性向を最初からある程度唾棄している。その意味で、彼らは優れた芸術家としての素養をすでに示しているのだ。…(中略)…

ある意味、常識的判断からすると、芸術家は生来的に精神を病んでいる者であると言えるのではないだろうか。聞いた話によると、ハイネが心理治療の為にユングを訪れたところ、「精神分析は君達芸術家にとっては百害有って一利無しだ」と追い返されてしまったそうだ。苦悩は創造には必要不可欠ということか。だとするならば、芸術的見地からするならば、苦悩を根拠に「引きこもり」を徹底して独善性を強固に維持する事は、非常に奨励される事ではないのか?

実際、芸術活動に「引きこもり」は必要とされる状況である。セザンヌもサン・ヴィクトワール山を描くのに引きこもったし、ニーチェもゴッホも仕送りで生活していた。スコット・ラファロも、あの驚異的演奏を身につけるために山篭りしたと言うし、グレン・グールドはコンサートも止めカナダの片田舎に引っ込んで、夜な夜な電話だけで外界とコンタクトを取っていたという話だ。

社会からの断絶によって優れた芸術性が育まれるというということは歴史が証明している。

だとするならば、「引きこもり」の人達も、よりいっそう独善的になるように努め、社会との関連を徹底して絶ち、自らの感性を外的な歪曲に疎外されることなく研ぎ澄ますよう、最大限努力するならば、その結果として生み出される何らかの芸術的様相が(よしんばそれが芸術作品として結実しないとしても)社会にとって非常に高い価値のあるものとしてフィードバックされる可能性を持つのである。**************************************************************************************************(http://www.art-of-wisdom.com/note_essay03.html)

6.結語
引きこもりは多様で、病的な場合は治療が適しているのに対して、反社会的な場合は学習や労働の面でのリハビリが適しているでしょう。それに対して、何事かに夢中になり没頭するタイプの引きこもりは、芸術家や発明家、研究者等の資質があり、それを伸ばすことが望まれます。このように多様な引きこもりについて、産官学が連携し、それぞれのタイプに応じて最適な対処方法のシステムを構築することが望まれます。

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