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  1. 産業法務の視点から 平川博
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第77回 多様な社会格差

1.はじめに
「社会人の教科書」というサイトの「まとめ」というカテの「格差社会の意味とは?全17種類の○○格差一覧」と題するウェブページでは、次の17項目が掲げられています。
①所得格差・賃金格差
②資産格差
③経済格差・貧富の格差
④一票の格差
⑤教育格差
⑥学力格差
⑦地域格差
⑧健康格差
⑨医療格差
⑩消費格差
⑪男女格差・ジェンダー格差
⑫女女格差
⑬国家間格差
⑭情報格差
⑮世代間格差
⑯雇用格差
⑰恋愛格差
(https://business-textbooks.com/social-disparity/#toc-119)

これら17項目の内、産業法務という視点から類型化し、特に是正することが必要なものに焦点を当てて考察することにします。そのために、本稿の対象から「恋愛格差」を除外することになりますが、「持てる人」と「持てない人」との間に生じる格差を議論しても、一般論として好感度や能力の高さを要因として挙げるのが関の山で、決して「あばたもえくぼ」に見える恋愛感情を不条理とは言えません。寧ろ「蓼食う虫も好き好き」だからこそ、誰でも恋愛の機会に恵まれるのであって、それを逃さないようにしたいものです。

2.労働法関連の格差是正
(1)パートタイム・有期雇用労働法の改正
2018年6月に「パートタイム労働法」の題名は「パートタイム・有期雇用労働法(正式な題名は「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」)に改められ、内容も正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差の解消(「同一労働同一賃金」)の実現に向けて改正されました。改正法は既に大企業については2020年4月1日より、中小企業については2021年4月1日より施行されています。

ところで、厚生労働省が令和2年8月に作成した『パートタイム・有期雇用労働法のあらまし』と題するパンフレットでは、「3.均等・均衡待遇の確保の推進」という見出しの下に、以下のように記載されています。
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パートタイム・有期雇用労働法では、パートタイム・有期雇用労働者の待遇について、就業の実態に応じて通常の労働者との間で均等・均衡待遇の確保を図るための措置を講ずるよう規定されています。
具体的には、賃金、教育訓練、福利厚生などの待遇について、 職務の内容(業務の内容と責任の程度) 、職務の内容・配置の変更の範囲(人材活用の仕組みや運用など)の2つの要件を通常の労働者と比較して判断します。…(中略)…

(1)不合理な待遇の禁止

<第8条のポイント>
〔対象者:すべてのパートタイム・有期雇用労働者〕
事業主は、その雇用するパートタイム・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、その待遇に対応する通常の労働者との待遇の間において、パートタイム・有期雇用労働者と通常の労働者の職務の内容、職務の内容・配置の変更の範囲(人材活用の仕組みや運用など)、その他の事情のうち、その待遇の性質及び目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

・待遇の違いが不合理と認められるかどうかの判断は、個々の待遇(*1)ごとに、その待遇の性質・目的に照らして適切と認められる事情(職務の内容、職務の内容・配置の変更の範囲、その他の事情(*2))を考慮して判断されます。
*1 基本給、賞与、役職手当、食事手当、福利厚生施設、教育訓練、休暇など。
*2 職務の成果、能力、経験、合理的な労使の慣行、事業主と労働組合との交渉の経緯など。
・事業主は、パートタイム・有期雇用労働者と同一の事業所に雇用される通常の労働者や職務の内容が同一の通常の労働者との間だけでなく、その雇用するすべての通常の労働者との間で、不合理と認められる相違を設けることが禁止されています。
・法第8条は、私法上の効力のある規定であり、同条に違反する待遇の相違を設ける部分は無効となり、損害賠償が認められ得るものと考えられます。同条に違反する場合であっても、同条の効力により、パートタイム・有期雇用労働者の待遇が通常の労働者の待遇と同一になるものではないと考えられます(個別の事案によります)。…(中略)…

(2)差別的取扱いの禁止

<第9条のポイント>
〔対象者:2要件を満たすパートタイム・有期雇用労働者〕
事業主は、職務の内容、職務の内容・配置の変更の範囲(人材活用の仕組みや運用など)が通常の労働者と同一のパートタイム・有期雇用労働者については、パートタイム・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。

・2要件を満たすパートタイム・有期雇用労働者とは、以下の要件を満たす者です。
①職務の内容が通常の労働者と同じ
②職務の内容・配置の変更の範囲(人材活用の仕組みや運用など)が、雇用関係が終了するまでの全期間において通常の労働者と同じ
・2要件を満たすパートタイム・有期雇用労働者は、通常の労働者と就業の実態が同じと判断され、基本給、賞与、役職手当、食事手当、教育訓練、福利厚生施設、解雇などのすべての待遇について、パートタイム・有期雇用労働者であることを理由に差別的に取り扱うことが禁止されています。
*パートタイム・有期雇用労働者を定義づける労働時間及び労働契約の期間については、「待遇」には含まれません。
・所定労働時間が短いことに基づく合理的な差異や、勤務成績を評価して生じる待遇の差異については許容されます。
・経営上の理由により解雇の対象者を選定する際、労働時間が短いことのみをもって通常の労働者より先にパートタイム労働者の解雇等をすることや、労働契約に期間の定めがあることのみをもって通常の労働者より先に有期雇用労働者の解雇等をすることは、差別的取扱いがなされていることとなり、禁止されています。
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(https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000695149.pdf)[原書7頁以下]

(2)労働者派遣法の改正
派遣先で雇用される通常の労働者(無期雇用フルタイム労働者)と派遣労働者との間の不合理な待遇差の解消(「同一労働同一賃金」)の実現に向けて、2018年に「労働者派遣法」(正式な題名は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」)が改正され、2020年4月1日から施行されています。
ところで、厚生労働省・都道府県労働局が作成した『平成30年労働者派遣法改 正の概要<同一労働同一賃金>』と題するパンフレットでは、「Ⅰ 今回の改正の基本的な考え方」「我が国が目指す『派遣労働者の同一労働同一賃金』」という見出しの下に、以下のように記載されています。
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基本的な考え方

派遣労働者の就業場所は派遣先であり、待遇に関する派遣労働者の納得感を考慮するため、派遣先の労働者との均等(=差別的な取扱いをしないこと)、均衡(=不合理な待遇差を禁止すること)は重要な観点です。
しかし、この場合、派遣先が変わるごとに賃金水準が変わり、派遣労働者の所得が不安定になることが想定されます。また、一般に賃金水準は大企業であるほど高く、小規模の企業であるほど低い傾向にありますが、派遣労働者が担う職務の難易度は、同種の業務であっても、大企業ほど高度で小規模の企業ほど容易とは必ずしも言えないため、結果として、派遣労働者個人の段階的・体系的なキャリアアップ支援と不整合な事態を招くこともあり得ます。
こうした状況を踏まえ、改正により、派遣労働者の待遇について、派遣元事業主には、以下のいずれかを確保することが義務化されます。
【派遣先均等・均衡方式】派遣先の通常の労働者との均等・均衡待遇
【労使協定方式】一定の要件を満たす労使協定による待遇

留意点

賃金等の待遇は労使の話し合いによって決定されることが基本ですが、我が国の実情としては、賃金制度の決まり方には様々な要素が組み合わされている場合が多いと考えられます。このため、待遇改善に当たっては、以下の点に留意してください。

・各事業主において以下の2点を徹底することが肝要です。
① 職務の内容(業務の内容+責任の程度)や職務に必要な能力等の内容を明確化。
② ①と賃金等の待遇との関係を含めた待遇の体系全体を、派遣労働者を含む労使の話合いによって確認し、派遣労働者を含む労使で共有。
・関係者間での認識の共有を徹底してください。
派遣労働者の場合、雇用関係にある派遣元事業主と指揮命令関係にある派遣先とが存在するという特殊性があります。そのため、これらの関係者が不合理と認められる待遇の相違の解消等に向けて認識を共有することが必要です。

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(https://www.mhlw.go.jp/content/000594487.pdf)
[原書2頁] このように立法上は「同一労働同一賃金」が制度化されましたが、実務上の解釈・運用面で賃金格差と雇用格差が解消することを期待したいものです。

3.経済格差
(1)資産格差
経済格差は拡大するに連れて、少数の富裕層と多数の貧困層という極端な二極化現象が顕在化します。これはわが国だけではなく、国際的な現象であり、数年前にほんの一握り(たった62人)の大富豪が全世界の半分の富を持っているということが報じられました。
【「週刊現代」2016年2月27日号参照】
(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/47989?imp=0)

そもそも富(資産)というものは、収入が支出を上回る高所得者が蓄財をすることによって形成されます。元本割れのしない無難な運用を続けていれば、増える一方です。たとえ年0.01%という超低金利でも、1億円の銀行預金に対して1万円の利息が付きます。例えば、2020年4月にフォーブス誌で公表された日本の長者番付で1位になった柳井正氏の資産は2兆3,870億円で、それを年0.01%で銀行預金をすれば2億3,870万円の利息が付くのです。しかも銀行預金の所得税率は20.315%(源泉分離課税)ですから、税引き後の利息は1億9,020万円となり、利息だけで平均的な生涯所得を得ることができます。
それに対して、低所得者は家計が赤字にならないように四苦八苦しており、預金をする余裕は殆どありません。
このような現状を打破するための方策として、資産課税の累進性を強化することが考えられますが、「DIGITAL SKILL LABO」というブログサイトの「格差拡大を防ぐには、資産に対する課税強化が必要」(2020.08.04掲示)と題する記事では、
「資産税よりも所得税の課税感が強い理由」という見出しの下に、以下のように記載されています。
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こうした状況でまず誰もが思うのは、資産家の財産に対して課税すればよいではないかということです。
資本家と普通の人の格差が広がり続けるのであれば、税制という観点からいえば、サラリーマンの所得ごときではなく、資産家が多く持つ資産への課税を強化することで、格差を正しく解消できるというのは明らかだからです。
しかし、現状、財産に対しては、不動産や自動車といった一部の資産に対してのみにしか課税することができていません。むしろ、私たちの社会は、資産よりも所得に対する課税感が強い国が一般的です。
なぜそうなるのでしょうか。
実は、国として資産税は把握しづらい一方で、所得は把握しやすいからというのが理由です。
そもそも国は、タンス預金のみならず、銀行の口座に入っている金額を国民ごとに正確に把握できていないというのが実情なのです。
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(https://nori-good-life.com/property-tax/)

(2)所得格差
①いびつな累進所得税制
現行の年間所得税の税率は、下表のようになっています。

課税される所得金額 税率 控除額
195万円以下 5% 0円
195万円を超え  330万円以下 10% 97,500円
330万円を超え  695万円以下 20% 427,500円
695万円を超え  900万円以下 23% 636,000円
900万円を超え1,800万円以下 33% 1,536,000円
1,800万円を超え4,000万円以下 40% 2,796,000円
4,000万円超 45% 4,796,000円

このように、現行の所得区分は7つで、しかも900万円まで4つもあるのに対して、900万円超は3つしかありません。従って、190万円超から900万円の間では、税率の累進度が高く、特に330万円以下と330万円超では、10%も引き上げられます。尤も、330万円超の場合、427,500円の控除があり、段差は解消されているので、負担増が分かりにくくなっていますが、他の区分に比べて、ここは急勾配になっています。
また、4,000万円以下の場合、3%~10%で累進制が採用されています。それに対して、4,000万円超になると、一律45%となり、勾配がなくなって水平になります。そのため、納税額は増えますが、担税力はそれ以上に強くなります。例えば、5,000万円の場合は、納税額は1,770万4千万円で、手取り3,229万6千円であるのに対して、1億円の場合は、納税額は4,020万4千円で、手取りは5,979万6千円となります。所得が5,000万円の2倍(1億円)になると、納税額の増加は2,250万円であるのに対して、手取りは2,750万円増えるので、手取りが500万円増えます。
このように現行の所得税制は、年間所得が4,000万円以下では、累進性により担税力が減殺されているのに対して、4,000万円超では、一律課税に移行するため、担税力は強くなる一方です。
このような現状では、所得格差が拡大する一方です。これを是正するためには、年間所得4千万円超の高所得に対して担税力に応じた累進制に改めることが望まれます。

②総合課税と分離課税の併存
我が国の所得税制は、総合課税と分離課税が併存しているために、複雑で難解なものになっています。この点について、岡山大学社会文化科学研究科の森下幹夫教授が執筆した「所得税法における所得分類の現代的意義―20世紀型所得分類課税方式の課題―」(『岡山大学経済学会雑誌』48巻3号[2017年3月発行]19頁以下)と題する論文では、「2.3 分離課税制度」という見出しの下に、以下のように記載されています。
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分離課税あるいはそれに類似する課税方式には、①退職所得(所得税法30条)や山林所得(所得税法32条)のように、専ら担税力への考慮の観点から基本税制たる所得税法で規定されているものと、②土地の譲渡に係る所得(租税特別措置法31条・32条)や、利子所得(租税特別措置法3条)、株式等の譲渡に係る所得(租税特別措置法37条の10,37条の11)、先物取引に係る所得(租税特別措置法41条の14)等のように、一定の政策目的のために租税特別措置法において設けられているものがある。
前者については、担税力理論に基づく総合所得税制度を補完する目的で設けられた立法技術の一つとして位置付けることができると考えられる。例えば、退職所得は退職手当等の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得であるが、多くの場合に老後の生活の糧となることを考慮する必要があるとされる。また、山林所得は所有期間が5年を超える山林の伐採または譲渡による所得であり,投下資本の回収に長い年月を要することを考慮する必要があるとされる。このような考慮に基づき、分離課税によって累進税率の適用を緩和することで税負担を軽減しようとするものである。
これに対し後者は,ある一定の目的の実現のための政策的誘導手段として設けられた制度である。例えば土地譲渡に係る所得に関しては、いわゆる土地バブル期においては土地投機等対策として高い税率が適用され、その後は経済活性化政策の一環として土地取引の促進を目的とした税率の引下げが行われている。また、株式等の譲渡に係る所得に関しては、昭和28(1953)年以降、非課税とされてきたが、昭和63(1988)年改正において申告分離課税制度が導入され、…(中略)…金融所得の一体課税を推進するという観点から、近年、各種の金融商品を巡る課税方式の再構築が急速に進行している。
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(http://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/5/54900/20170403162207246608/oer_048_019_034.pdf)
このように、分離課税の中には、担税力理論に基づく総合所得税制度を補完する目的で設けられた立法技術の一つとして位置付けることができるもののほかに、一定の政策目的のために租税特別措置法で設けられているものが混在しています。この租税特別措置法による特例としての分離課税が所得格差の拡大の要因となっており、初期の政策目的が達成された後は廃止すべきでしょう。

(3)消費格差
分相応の生活をする家庭では、消費の多寡は、資産や収入の多寡と相関関係があり、直線的ではないとしても比例して増減します。低所得世帯では、エンゲル係数が高く、飲食費以外の支出も光熱費や被服費や住居費等の日常生活費を賄うのが精一杯でしょう。それに対して、資産家や高額所得者は、生活必需品に事欠かないことは言うまでもなく、「セレブ」志向のライフスタイルに合わせて、高級品や贅沢品を購入し、豪遊生活に明け暮れることも夢ではありません。いずれにしても、金に糸目を付けず、欲しいものは何でも手に入れたがるのです。
このような観点から見れば、現行の一律10%という消費税は、正に逆進性の象徴であり、低額所得者にとって過酷であるのに対し、高額所得者を優遇する悪法です。消費税を廃止して、一般庶民とは無縁な贅沢な商品やサービスに限定して課税する間接税という制度を導入することが望まれます。

4.教育格差
(1)日本の現状
早稲田大学准教授の松岡亮二解説委員が、「日本の格差」と題してNHKのEテレで2020年1月28日午後1時50分~午後2時に解説した「視点・論点」という番組の内容が、NHKの「解説委員室」(解説アーカイブス)というサイトで記事として掲載されており、日本における教育格差の現状について、以下のように記載されています。
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社会経済的に恵まれた「生まれ」の子供の割合が高い進学校では、卒業生のように有名大学を目指すことが規範となります。…(中略)…高校教育制度は、実質的に「生まれ」によって、「誰」が同級生であるのかを含めた教育「環境」の学校間格差を作っているわけです。…(中略)…
現行の教育制度は、建前としての「平等」な機会を提供していますが、平均寿命が80歳を超える時代となっても、10代も半ばのうちに「身の丈」を知らせる過程を内包しています。「生まれ」による教育「環境」の格差という実態と向き合い、積極的な対策を取らなければ、少なくない子供たちが打ち込むべきものを見つけられないまま、わたしたちは戦後ずっと続いてきた「緩やかな身分社会」を維持することになります。それは、一人ひとりの無限の可能性という資源を活かさない、燃費の悪い非効率な社会です。
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(https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/420459.html)

(2)学力格差
お茶の水女子大学文教育学部の耳塚寛明教授は、ベネッセ総合研究所というサイトで掲示されている「学力格差と『ペアレントクラシー』の問題」【情報誌『BERD』8号[2007年]】と題するインタビュー記事で、以下のように述べています。
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生まれ・身分・階級・富といった所与の条件ではなく、能力に努力を加えたメリットを獲得した者たちが成功し、指導的な階層をかたちづくる社会をメリトクラシーと呼びます。…(中略)…メリトクラシー社会では、人々の選抜は主として学校教育と職業での業績に基づいて行われます。学校教育における代表的な業績指標は学力と学歴です。メリトクラシー社会における学校教育とは、学歴・学力の獲得競争を通じて、人々を「生まれ」の束縛から解放し、地位や名誉や富を獲得することを可能とする競技場のような役割を果たします。

競争の前提として、スタートラインが同じである必要があります。あらかじめ「生まれ」の束縛による差違があり、努力の及ばない要因で、望ましい教育の機会そのものを得られない結果として「格差」が生じてしまったのでは、公正な競争にはなりません。ここに学力格差の問題を考えることの本質があります。
…(中略)…
かつて有名私立進学校はごく一部で、少数の人を引き付けただけでしたが、今はそうではありません。また、東京都の区部では私立小学校受験者が4割に達する所も出ています。選択時期が早まれば早まるほど、親の意思決定が重要になるし、早期に選択しないと後から追いつけなくなる可能性が高くなる。だから、とにかく私立に入学することが勝ち抜き戦の第一試合としては有利だ…(中略)…
しかし、これは日本だけの現象ではありません。先進国のどこも程度の差こそあれ、直面している問題です。イギリスの社会学者フィリップ・ブラウンは、市場化された社会においては、「業績」をベースとする教育選抜が「ペアレントクラシー」(parentocracy)へと変質することを指摘しました。
ブラウンによれば、人材の選抜は「能力+努力=業績」というメリトクラシー方程式ではなく、「富+願望=選択」というペアレントクラシー方程式に沿って行われます。つまり、選抜は本人の業績に基づくのではなく、富を背景とした親の願望がかたちづくる選択次第となる、というわけです。…(中略)…
ペアレントクラシー社会となると、平等な競争という前提が保障されないので、その結果生まれる不平等は正当なものとはいえません。一見、能力と努力の帰結であるかのように、業績主義の衣をまとった学力という測定値の背後に隠された不平等の本質をあぶり出す必要があります。
不平等の本質は社会に格差が拡大していることにあります。こうしてみると、学力格差を教育問題として片付けるわけにはいきません。格差は社会的競争のルールや社会構造自体に由来するからです。学力格差を根本的に是正するためには、所得格差の緩和や雇用促進といった政策を必要とします。
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(https://berd.benesse.jp/berd/center/open/berd/backnumber/2007_08/fea_mimizuka_01.html)

5.健康格差
(1)要因
Gooddo㈱HPの「健康格差とは?原因や解決するために必要なことを知ろう」【2019年8月29日掲示[2020年9月10日更新]】と題するウェブページでは、以下のように記載されています。
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健康状態は、生物学的な背景、あるいは最新の医療技術へアクセスできるかどうかに依存していますが、それだけでその人が健康かどうかを判断することはできません。
健康状態は、主にその集団に属する社会経済的状態にも依存しています。所得、学歴などの社会経済的状態や、雇用形態・職種といった労働環境によって、各人の健康状態は異なるのです。
例えば高齢者では所得が低いほど、その後の死亡や要介護認定を受けやすいことが研究から示されています。
仕事と健康の関連については、性別、管理職・非管理職、事務作業員・肉体労働者によって脳卒中の発症率がそれぞれ異なります。非正規雇用者では心理的ストレスを感じる割合が高くなる傾向があります。…(中略)…
このように、各人の置かれた社会経済的状態によって健康状態に差があることを健康格差と言います。
健康格差は、生育、居住、就労、年齢、保健医療制度の利用状況などによって生じ、そうした状況を形作るのは、すなわち、政治的、社会的、経済的なものによります。規模の大小、貧富の差、洋の東西、南北半球の別にかかわらず、あらゆる社会に健康格差は存在しています。
健康格差の問題は、開発途上国だけの問題ではなく、先進国においても重大な問題です。生まれついた社会によって健康格差ができることは、本人一人の責任ではなく、社会が引き起こしている不平等だと言えます。
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(https://gooddo.jp/magazine/health/3346/)

(2)医療格差
日本学術振興会特別研究員(立命館大学/博士学位取得者)の埴淵知哉氏が執筆した「医療と健康の格差」【日本版総合的社会調査共同研究拠点 研究論文集[10] JGSS Research Series No.7、99頁以下】と題する論文では、以下のように記載されています。
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本研究では医療格差と健康格差の関連についても検討した。主観的健康感および健康満足度を被説明変数とした分析において注目したのは、次の三点であった。第一に、健康感・満足度と教育・収入の関連性がみられるかどうか、第二に、各種理由による受診抑制が健康感・満足度と関連しているかどうか、第三に受診抑制が教育・収入と健康感・満足度の関連の一部または全部を説明するか、である。
第一の点について関連がみられることは分析結果から明らかであり、2008 年の日本においても健康格差が存在することを示唆する。ただし、ここでは「病気・ケガはしていない」と回答したサンプルが分析から除かれているため、結果の一般化については留意が必要である。
第二の点は、受診抑制全体ではみられないものの、いくつかの理由による受診抑制と健康感・満足度の関連が確認された。とりわけ、「費用がかかる」という理由による受診抑制が健康満足度の低さと関連していたことは、医療格差が健康格差を生み出す可能性の一端を示唆するものとして注目される。患者自己負担や保険料の増加などに伴い、受診抑制が増えるようなことがあれば、医療格差と健康格差のより強い循環を生み出すことにもつながりかねない。しかし第三の点については、受診抑制は教育・収入と健康感・満足度の関連をそれほど説明しておらず、このことは健康格差の作用経路に医療アクセス以外の要因があることを示唆している。
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(https://jgss.daishodai.ac.jp/research/monographs/jgssm10/jgssm10_08.pdf)

6.結語
産業社会の持続的発展という観点から見ると、産業の担い手である勤労者の所得格差と、次世代の担い手である青少年の教育格差により、個々人が能力に応じて努力しても越えられない壁ができています。この壁を打破することが「所得再分配機能」という税の役割の一つですが、残念ながら高額所得者や資産家等の富裕者優遇措置が講じられており、経済格差は拡大する一方です。公平・中立・簡素という税の三原則に立ち返って、抜本的な税制改革を推進することが急務であるように思われます。

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