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第65回 「韓国・文在寅政権による対北朝鮮政策の現状と展望」

リスク政策

千葉科学大学危機管理学部危機管理システム学科教授、大澤文護 著

韓国の文在寅大統領の対北朝鮮政策が早くも難関に突き当たっている。5月の大統領選で圧勝し、80%前後の圧倒的な支持率を維持してきた文在寅政権だったが、6月末の米韓首脳会談で対北朝鮮政策に関する両国の食い違いが表面化し、南北会談提案に対し北朝鮮が冷淡な反応を示したことで、国内・国外の保守派の批判にさらされているからだ。

■「ベルリン構想」■

文在寅大統領の対北朝鮮政策を最も良く現しているのは、7月6日、外遊先のドイツで発表した「ベルリン構想」である。この構想の中で文在寅大統領は「大韓民国のより主導的な役割を通じて朝鮮半島に平和体制を構築するという、大胆な旅程(計画)を始める」と述べた。その具体的内容を韓国政府は次のように解説している。
①「吸収統一」など人為的な統一は試みない
②北朝鮮の体制安定を保証する朝鮮半島非核化の実現
③朝鮮半島平和協定締結の推進
④北朝鮮核問題解決を前提にした「朝鮮半島経済共同体」推進
⑤政治・軍事的状況と分離した「非政治・民間交流」の支援実現
文大統領は上記5つの政策実行と同時に「人間尊重の普遍的な価値と国際規範は朝鮮半島全域で具体化されねばならない」「北朝鮮住民の劣悪な人権状況について国際社会と共に明確な主張をしていく」と述べ、選挙期間中から主張してきた「対話・交流」政策実現への強い意欲を示した。

「ベルリン構想」は、北朝鮮との「対話・交流」を拒絶した、李明博、朴槿恵両政権の対北朝鮮政策に対する批判から生まれた。朴槿恵前大統領は「北朝鮮との統一」を目指す基本姿勢を表す言葉として「統一は好機」を繰り返した。

朝鮮半島が統一されれば、「北朝鮮リスク」(北朝鮮による軍事的挑発などによる韓国や周辺国混乱の可能性)はなくなり、外国投資が増大する▽南北非武装地帯(軍事境界線を境に南北4キロずつ設けられた緩衝地帯)に生じた自然森を使った「グリーンツーリズム」で、世界から観光客を集められる――などと統一の効果を例示して、南北統一に消極的といわれる韓国国民に経済的効果を示して、自らの対北朝鮮政策への賛同を呼びかけた。

しかし朴槿恵前大統領の「統一好機」論は北朝鮮の強烈な反発を招いた。北朝鮮当局は「朴槿恵政権は(自己の利益のために北朝鮮の)吸収統一を図っている」と厳しく断罪した。結局、韓国は金大中政権(1998~2003年)、盧武鉉政権(2003~2008年)の10年間に構築した金剛山観光、開城工業団地をはじめとする南北交流のすべてのパイプを失った。金剛山観光や開城工業団地に対しては「北朝鮮の資金獲得の悪用されている」という国際社会の批判の声も小さくなかったが、突発的な軍事衝突を避けたり、人道的支援実施を協議したりする南北の窓口が完全に失われるという事態を招いた。

文在寅政権は朴槿恵前大統領の失政を繰り返さないように注意を払ったうえで、北朝鮮が韓国との「交流・対話」の枠組みに乗りやすい条件を提示した。北朝鮮が先に「核放棄」を宣言し、実行に移さなければ「交流・対話」をしないとの基本姿勢を貫いた李明博、朴槿恵両政権とは異なり、文在寅政権は「段階的かつ包括的接近が必要」と主張した。文在寅政権に近い韓国の専門家によると、段階的接近とは、北朝鮮の核問題解決の道筋を①核実験と大陸間弾道弾試験発射のモラトリアム(一時停止)②核凍結③核施設不能化④核廃棄--の4段階に分け、各段階をクリアするごとに北朝鮮になんらかの対価を与えるという考えである。

こうした条件整備をした上で、文在寅大統領はベルリン構想を発表し、「包括的な議題を協議する南北高位級会談」「軍事会談」「離散家族再会事業を再スタートさせるための赤十字会談」を提案した。

韓国政府は、提案の時点では「北朝鮮側は積極的に反応するだろう」と楽観していた模様である。

■北朝鮮の反発■

しかし、北朝鮮当局は「ベルリン構想」に対し厳しい反応を示した。7月15日付の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は個人名の論評を通じて「(米韓首脳会談で)米国にこびへつらい対北朝鮮政策の承認を受けようと必死な姿を見せてきたと思えば、今度は遠く欧州まで出かけて行って『新ベルリン宣言』などというものを発表し(欧州各国の)支持を得ようとする現執権者(文在寅大統領のこと)の姿や行動を見れば、民族の恥と言うしかない」と主張したのだった。北朝鮮が先に核を放棄しなければ「対話・交流」に踏み込めないとした李明博、朴槿恵両政権に比べ、核問題を段階的に解決する方法を主張する文在寅政権は、北朝鮮にとって対話の相手としては好ましい存在になると思われていた。しかし、「ベルリン構想」に対する冷たい反応は、核・ミサイル開発に対する北朝鮮の強い執念と、核・ミサイル問題に関するどんな対外交渉にも応じない強硬姿勢を示したものとみられる。

韓国の保守系紙・朝鮮日報は7月17日付社説で、文在寅政権の対北朝鮮政策を次のように強く批判している。

「韓国と北朝鮮による直接会談は、2015年12月に南北次官級協議が開催されて以来途絶えたままだ。もちろん南北間の対話再開は必要だ。しかし、なぜ今こちらが低姿勢とも受け取れる態度で対話を求める必要があるのか、この点は慎重に検討すべきだ。北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射成功を宣言したのを受け、国連は北朝鮮に対する新たな制裁を協議している。また米国は北朝鮮と取引のある外国企業に制裁を加える『セカンダリーボイコット』に向け動き出した。このような厳しい状況の中、韓国政府は軽々しい南北対話が国際社会の流れに反するとの懸念に耳を傾けるべきだ」

■文在寅政権を取り巻く内政の問題点■

文在寅政権には、対北朝鮮政策以外にも、内政面で大きな課題が浮上している。
就任直後に「任期内に公共部門の非正規職ゼロ時代を切り開く」と述べ、各省庁に公共部門で勤務する非正規労働者の全面的実態調査と非正規問題を解決するためのロードマップの作成を指示して、非正規職が労働者の多くを占める韓国の雇用問題を解決する姿勢を示した。文大統領の宣言を受け、仁川空港公社は関連企業の1万人の非正規雇用従業員を正規雇用に切り替えると表明した。

さらに、従来の「中小企業庁」を「中小ベンチャー企業部(省)」へ昇格させることを発表し、大企業中心から中小企業中心の政策転換の意思を示した。また財政緩和により、公共部門の雇用創出、若年層への求職促進手当の拡大、若年層を雇用する中小企業支援、育児休職給与の増額などの雇用対策を盛り込んだ「2017年度補正予算案」を発表した。
だが、保守派政党からは、そうした政策を実行するための「財源不足」を指摘され、文在寅政権は、具体的な解決策を示すことができないままだ。

内政面で早期の公約実現が期待できない中、文在寅大統領は、対北朝鮮政策の画期的進展を狙ったが、北朝鮮の強烈な反発に直面して、政権の求心力に不安が生じている。

■米韓関係にも不安要素■

さらに、懸案の対米外交は順調と言えない。
6月29日、30日の米韓首脳会談では、文在寅政権を支持する進歩派メディアは「大きな成果を挙げた」と分析し①1950年マッカーサー国連軍司令官に委譲した韓国軍の「戦時作戦統制権」の早期返還への協力取り付け②南北高官級による「非核化」対話実行への理解獲得③朝鮮半島の平和統一環境醸成における韓国の主導的役割を認める④人道主義的問題(離散家族再会)解決のための南北対話再開を熱望する文在寅政権の熱望に対する支持--の4つであり、首脳会談によって米韓同盟は強化されたと主張した。
だが、その頼みの米国の反応について7月19日の韓国紙・中央日報WEB版は以下のように伝えた。

「米ホワイトハウスのスパイサー報道官は17日(現地時間)の定例記者会見で、韓国の(南北)会談提案に対するトランプ大統領の反応を尋ねる質問に対し、『韓国政府から出た言葉なので韓国に尋ねてほしい』と冷淡な反応を見せた。続いて『大統領は(対話のために)満たすべき条件について明確にしてきたし、この条件は今我々がいる位置とは明確に離れている』と述べた。トランプ政権が掲げた対話再開条件が北朝鮮の明確な非核化の意志表明であるという状況の下、韓国が先に軍事・赤十字会談同時開催を提案したことに不満を表したのだ」

■日韓協調が「解決策」■

文在寅政権の「南北対話」に賭ける意思はいまだに強固であり、北朝鮮の拒否や国内保守派、米政権の批判を浴びつつ、当分の間、対話呼びかけを継続するだろう。さらに韓国政府は、中国政府が韓国の南北対話提案に肯定的な姿勢を示していることを「肯定的国際条件」と判断するだろう。また、北朝鮮が李明博、朴槿恵政権時代のような国際的孤立状態を自ら望んで継続し、中国の批判を浴びてまでも「核・ミサイル開発」に執着し続けられるかどうか疑問だ。また、日韓首脳会談で合意した「シャトル外交再開」が軌道に乗り、北朝鮮問題をめぐる日韓協調が確立されれば、米国も日韓両国の意思を無視して、対北朝鮮軍事作戦の強行や、「対話・交流」禁止などの政策を関係国に強要することは不可能になろう。
韓国の北朝鮮体制分析の第一人者である世宗研究所の鄭成長・統一戦略研究室長は最近、日本での講演で次のように述べた。

「万一、朝鮮半島で(朝鮮戦争に次ぐ)第2の全面戦争が勃発し、核兵器が使用されれば、最も大きな被害は南北が受けるだろうが、日本と中国もその次に大きな放射能の被害を受けることになろう。朝鮮半島の平和は日本と中国の安定のためにも必ず必要であるという視点を忘れてはならない」

北朝鮮が核開発と大陸間弾道弾の開発を継続する限り、日本は制裁強化などの対北朝鮮強硬政策を継続する必要がある。同時に、韓国政府と協調し、朝鮮半島有事など「不測の事態」の発生を阻止しなければならない。

そのためには、北朝鮮の金正恩体制の動向を注視し、北朝鮮がそれに応じる可能性を示した時に「対話・交流」の提案をする判断力を失ってはならない。

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