リスク政策
千葉科学大学 危機管理学部 危機管理システム学科教授 木村栄宏 著
災害があった場合に支援が必要な人のことを、以前は災害弱者、災害時要援護者、最近では例えば要配慮者、避難行動要支援者といった呼び方がされ、また災害時に避難・保護優先する対象者としてC.W.A.P.(Children、Woman、Aged People、Patients(ケアを必要とする病人・障がい者)という言葉・考え方も浸透してきている。災害時に、こうした人と共にいかに生きのびていくか、支援していくかを、我々は常に意識していく必要がある。
災害弱者という言い方をした場合は一般に、高齢者、障害者、外国人を指し、高齢者は行動の不便、体調不良、知覚が遅れる、肢体不自由、精神不安定、聴力と視力の弱さが生じ、一方、障害の部位にもよるが障害者は、瞬時に覚知することが困難、(聴覚障害の場合)音声による避難・誘導を受けられない、精神的動揺や素早い避難行動の困難等が生じえる。外国人(旅行者含む)では、言語の問題で情報や施設利用に支障が出る等が生じる。
これらに対して、支援者が行なうべきことは、主に「行動支援」と「情報支援」である。「行動支援」は、避難所まで一緒に導いたり、事前に情報を得ておくことでリヤカーや車椅子を準備しておくといったことであり、「情報支援」は、視覚障害者には言葉や身振り手振りで避難情報を伝えたり、安全な場所への誘導を助けるといったものである。
物理的には、防災トイレ(正方形のトイレにテントをかけると個室トイレになる)や上部をはずすと釜戸になるベンチなど、災害弱者にかかわらず有用な備品を避難公園に備える、といったことも必要となる。
こうした「行動支援」や「情報支援」を行なう際に必要なことは、まず、一人ひとりが障害に対して正しく理解することである。白杖を持っている方を見たとき、その本当の立場をすぐ理解できるだろうか。白状を持っていても全盲とは限らないのでスマホを操作することも可能な方もおられるし、バリアフリーといっても、歩道と車道の段差は視覚障害者には危険を知らせる重要な記号となっていることに気づいているだろうか。地下鉄で盲導犬を連れた視覚障害者が転落死する事故が2016年11月に生じたが、声のかけ方(前方からしゃべる、いきなり腕を取ったり触ったりしない等)がわからず、助ける人がいなかったのかもしれない、といった具合である。
しかし、特に、聴覚障害者に対しての認識がまだまだ一般には薄いように思われる。
例えば、東日本大震災において深刻な被害を受けた沿岸部27市町村の集計によれば,総人口に対する全体の死亡率は1.03%であったのに対し,障害者の死亡率は2.06%,そのうち聴覚障害者は2.00%であった(NHK)。
パラリンピックについては、社会の意識は以前と比べ理解が大きく進んだ一方、聴覚障害者の五輪であるデフリンピックの存在を知っている方は少ないだろう。デフリンピックの場合、海外遠征への支援をはじめとして、パラリンピックに比べ、競技参加者への支援の格差は極めて大きい。
視覚障害者であれば白杖を持つなど、外見で認識できるので周囲も支援しやすいが、聴覚障害者は、外見は健常者と変わらない。聴覚障害者との交流やその危機管理支援に関する研究を通じてわかるのは、彼ら自身は普段は不自由さを感じておらず、特別な助けも必要としていないこと、妊婦マークのように体につけて自分の状況を積極的に示すなどは好まないことである。すると、健常者側もどのように聴覚障害者と普段から関わればよいか迷うことが生じる。
確かに、例えば学校では、インクルーシブ教育(障害のある者と障害のない者が可能な限り共に学ぶ仕組み)が日本でも進み、災害時対応としては光る警報機や振動やにおいで危険を知らせる仕組み等々、多様な取り組みがなされてきつつある。しかし、一旦緊急時(被災等で避難所にいるときや交通機関乗車利用中に事故等でトラブルに巻き込まれた際など)、とたんに彼らは情報から取り残され、災害時要支援者として命の危機に直結する事態に遭遇する。また、聴覚障害者の方は避難所の記号を知らないで落とし穴と誤解していた例など(意味を知らせないと記号だけでは認知が不明確)もある。
危機管理の要諦のひとつに、「多様な考え方・価値観の相違を、認める・理解する」ことがあると考えるが、障害者に関わるその理解のためには、例えば「サービス介助士」や「防災介助士」あるいは、障害がある人のスポーツ参加を支援する「障がい者スポーツ指導員」といった資格を取得、あるいはその過程での知識や支援技術の獲得が極めて有用だろう。障害のあるなしに関わらず一緒にスポーツや遊びを楽しむ場に積極的に参加するなども、有効である。障害者とのかかわりを通じて「多様な価値観を知り、認める」という、危機管理の基本を身に着けていかなければならない。
以上、障害者に対する支援について我々一人ひとりが考えるべきことについて、最近のトピックスに基づき、危機管理の観点から述べたものである。