普遍的リスクマネジメント
乙守 栄一氏
皆さんにとって、直感とは突然のひらめき、胸騒ぎといったことを連想するかもしれません。何もないところからふとしたことが思い浮かぶ?そんなことはありません。これにはちゃんとした理由があります。デジャビュ―、空耳、どこか見たことのある景色等々、このように記憶に何かしら残っていることがこの直感に深く結びついているからです。
直感とは過去の記憶が奥深くに存在し、それを想い出そうとしてもキッカケがないと表に記憶として出てこない潜在的な記憶が働いているものです。この潜在的な記憶が元となって働いている意識が、潜在的な意識です。なんとなく気持ち悪い、理由なく今日は気分が良いなど、五感をすべて働かせることでこの潜在的な意識が働きます。
不透明な時代、この直感が非常に有用になってきます。高度経済成長で通用した理論が過去の遺物となってしまった現在、過去のデータに基づき分析した結果どおりに未来が動くかというと、ほぼそのようには動いていません。そうはいっても、何かしら根拠を求める今の会社の経営陣、中間管理職はこの思考回路から抜け出すことができず、もがき苦しんでいます。そのもとで働く部下も心の底では納得せず、渋々過去の理論に従って出した想定結果を提示し、上司に認められたその結果を前提として成果を出すように努力し続けるという負のスパイラルになってしまっています。潜在的な意識として何か違和感を抱きながら、納得性がない中での熱意のない仕事は、生産性も上がらず、想定結果も最初から外れる見込みであったとすれば、さらに結果は目論見を下回ることになります。
記憶というのは何もかも文字で覚えている、ということはありません。イメージとして記憶に定着していることが多いと言われています。したがって、イメージとして記憶しているということに文字としての紐づけが切れている状態が潜在的な意識であるとした場合、上記のデジャビュ―、空耳、どこか見たことのある景色等については、このイメージ(映像、音声)が五感を通じた記憶として残っていることだと考えられます。
ここで重要なことは自らを省みた時、何を思考する場合でも他人モードになっていないか?ということです。他人モードの思考とは人から受け取った情報に反応し、思考することを言います。他人がどう考えるか?という思考自体は悪いことではありません。ただ、日常業務に忙殺されていると、考える思考自体が他人モードで占められ、自分はどうありたいか?どうなければならないか?何をすれば自分にとって心地よいか?などが分からなくなります。自分自身を主体にした思考習慣(時間)が取れないことが、何かを発想したり、根気強く考えたり、さらには物事に感動する、幸せを感じたりする力を奪い去ってしまうことになります。
一方で、これがやりたい、という熱意のある人がいると、組織も非常に活性化しやすいものです。自分モードの思考、かつ直感から導かれるビジョンを持っている人がこの熱意のある人の役割を担うケースが多いです。一種の目指すべき定点ポイントを持っている人がいると、自然とそこに協力者が集うようになるとも言われます。
このビジョンを具現化するためには、文字から記載するのではなく、イメージを真っ白なキャンバスの上に絵に描くようにすると良いと言われます。レゴで当てもなく形を作っていく工程のごとく、アイディアを一旦絵にし、それをより精緻にしていく工程を経て、都度その絵の中にキーワードだけを書き込み、徐々にアイディアを具現化していきます。
この具現化していく工程でキーワードを繋げた時、何かしら意味付けができるようになります。この意味付けが出来た瞬間が、直感と論理が繋がった時となります。この繋がった状態までの工程を習慣づけし、自分モードの思考習慣(時間)を持った人を如何に増やしていくか、VUCA<Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ) 、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)>の時代には一層求められます。
キーになる人が目指すべきビジョンを持った直感を働かせることで、ボヤっとしたイメージ(潜在意識)から具現化していくプロセスは、列記とした明確な論理構成を元にしていると言えます。企業にこの考えを当てはめれば、組織の大きな目標(経営理念)を元に、それぞれのキーになる部署の長たる人がその部署の目標を具現化することで、全社レベルで大きく生産性向上につながることは疑いないことでしょう。イノベーションを起こすプロセスの一工程に大いにつながるものと考えます。
自分モードで、かつ直感から導く思考プロセススキルをもった人財は、事業永続リスクに不安を抱える中小企業を救う一つの布石になると考えますが、如何でしょうか。