第8回
事業継続マネジメントシステムと東日本大震災
前回は、事業継続戦略について説明を行いましたが、これ以降の事業継続マネジメントのステップは以下のとおりです。これらステップは、一般的なPDCAサイクルに準じており一般に理解されている内容かと思います。
1. 事業継続計画及びインシデントマネジメント計画 (4.3)
2. BCMの取組みの演習、維持及びレビュー(4.4)
3. BCMSの監視及びレビュー (5)
4. BCMSの維持及び改善 (6)
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東日本大震災発生時の日本の事業継続マネジメント(BCM)について、FinancialTimes (ASIA)3月13日版は、「Macquarieのアジア担当チーフエコノミスト. Richard Jerram によれば、日本経済に占める東北地方の割合は約8%(神戸は4%).。1995年当時に比べると少なくとも日本企業はサプライチェーンのやむを得ない中断に対する備えが向上している。災害の教訓から、政府と保険会社は損害を最小化し早期復旧を達成するための支援策として詳細な「事業継続プラン」を策定した。」と伝え、日本のBCMに一定の評価を与えている。他方、
国内外に不安をもたらしている放射能について、同紙3月15日版は、「1980年代と1990年代には、2つのプラントにおける亀裂に関して29の誤った報告がなされていた」と報じ、電力会社が開示するデータの信憑性に疑問を投げかけました。
最終稿では、東日本大震災発生後現在に至るまで国難として大きな問題となっている原子力発電所からの放射能漏れのリスクに関して、事業継続マネジメントにおける視点から課題と思われるポイントを指摘することでまとめとさせていただきます。
1. 制限事項や適用除外範囲は明確となっていたのか(BS25999-2 3.2.2.2)。
事業継続の要求事項、組織の目的及び義務、受容可能なリスクのレベル、法令、規制及び契約上の義務、主要なステークホルダーの関心事に配慮が必要である(BS25999-2 3.2.1.1)。過去の判決を見ることにより法令上どのレベルまでのリスク許容が求められていたのかを明らかにしたいと思います。
伊予原発判決(1992年10月29日最高裁)は、国が行う安全審査の趣旨が「災害が万が一にも起こらないようにするため」にあり、違法性の判断は行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行わるべきであって「現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり」、あるいは安全審査の過程における「調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合」には、違法と判断するべきであるとしています。
阪神淡路地震に引き続いて2000年に発生した鳥取県西部地震が地表に現れていた断層を上回るものであったため原子力安全委員会は2006年9月、最新の地震学の知見などを盛り込んだ新指針を定めています。北陸電力を被告とする民事差止訴訟である志賀原発訴訟で金沢地裁判決(井戸謙一裁判長2006年3月24日)は、新指針制定直前に、地震学による地震のメカニズムの解明は、旧指針当時から大きく進展しており、旧指針は現在においては妥当とはいえないとしました。井戸謙一元裁判長は福島原発事故後に「住民の利益は生命、身体なのだから、公共性を考えたとしても、一企業の経済的な利益より優先される」(4月22日毎日新聞)と語っています。
出所:岩波書店 「世界」第819号 2011年7月 「日本の司法は原発をどのように裁いてきたか」 海渡雄一 日弁連事務総長
2. 脅威、脆弱性についてのリスクアセスメント
2007年2月、現原子力安全委員長斑目春樹氏は中部電力側証人として浜岡原発静岡地裁判決(2007年10月26日)に出廷し、原発内の非常用電源がすべてダウンすることを想定しないのかと問われ、「非常用ディーゼル二個の破断も考えましょう、こう考えましょうと言っていると、設計ができなくなっちゃうんですよ」と答弁したといいます。判決は「原告らが主張するようなシュラウドの分離、複数の再循環配管破断の同時発生、複数の主蒸気管の同時破断、停電時非常用ディーゼル発電機の二台同時起動失敗等の複数同時故障を想定する必要はない」としている。判決直前に起きた中越沖地震によって柏崎刈羽原発では約3000箇所もの同時故障が生じ、その一部は原子炉の炉内での安全上重要な機器に関する故障であったことは、すでに周知の事実であったといいます。
(出所:前記1に同じ)
福島原発による重大な影響が発生した現在にあっては、特に生命、身体に影響を与えることが想定される場合は、多重災害についての脅威、脆弱性についてのリスクアセスメントが必須と考えられます。
3. 平成9年12月9日に静岡県総務部防災局長が通産省資源エネルギー庁公益事業部
原子力発電安全企画審査課長に宛てて多重災害について質問を行っていますが、上記回答同様、現原子力安全委員長斑目春樹氏はアドバイザーとしてのコメントとして、いくつかの質問に回答を行っています。たとえば、「圧力容器でさえ長年の間には放射能で脆化し、衝撃的な力で崩壊しかねないことについて」という質問に対し「原子力発電所の原子炉で使用している金属と同じ素材の金属片を原子炉内に入れて、金属片を定期的に検査しており、安全性に問題はない。」と回答しています。
(出所:岩波書店「科学」第81巻 第7号[再録:1997年10月号より] 「原発震災」-破滅を避けるために
石橋克彦 神戸大学都市安全研究センター(当時))
規格では監査員の客観性・公平性は保たれているか(BS25999-2 5.1.4)どうかが重要なポイントとされています。原子力においても安全や審査にかかわる各機関や各委員が独立性や客観性・公平性を保てているか十分検証する必要があるのではないでしょうか。
4. 特定された脅威がインシデントになった場合に発生する影響が理解されていたのか
脅威による影響は理解されていたのか(BS25999-2 4.1.2.2)、またその上で適切なリスク対応はなされていたのか(BS25999-2 4.1.3)が問題になります。原発の寿命は加熱水型原子炉(PWR)では30年、沸騰水型原子炉(BWR)が40年の寿命を想定して圧力容器の設計がされているといいます。老朽化した原子炉圧力容器は長期間に亘る中性子の照射により破壊されるリスクが増します。照射脆化の目安が脆性遷移温度(割れやすくなる温度)です。地震等により配管が破断されると緊急炉心冷却装置(ESSC)で炉心を急速に冷やさなければなりませんが、脆性遷移温度が高いと、その操作が危険になる(圧力容器全体が破壊してしまう危険があり、この脆性遷移温度は金属に中性子があたると徐々に上昇します)。九州の玄海1号は1976年3月17日に運転開始していますが、脆性遷移温度が98℃と1993年2月の56℃から大きく上昇しています。九州電力では98℃程度まで上昇するのは2060年(運転開始後85年)頃と想定していましたが、2009年の試験取り出し結果から数値上は大変危険な脆性となっています。
この事実について、保安院原子力発電検査課は2010年12月15日時点で何らの情報も持っていなかったといいます。九州電力は保安院に伝えず、保安院も問い合わせを行っていませんでした。事業継続の能力及び適切性のレビューが継続的に行われ、適切性、妥当性及び有効性が担保 ((BS25999-2 4.4.3)されていることが求められるますが、この点改善すべき点がなかったか検証が必要です。
(出所:岩波書店「科学」第81巻 第7号 「老朽化する原発」-特に圧力容器の照射脆化について 井野博満 東京大学名誉教授(金属材料学))
5. インシデント発生時にステークホルダーに応じた対応をきちんとできたのか
(BS25999-2 4.3.2)
インシデントが発生した場合、異なる関心を持つ社内外のステークホルダーから様々な要求がつきつけられます。東日本大震災での.被災地の方々が求める情報と首都圏に住み計画停電に特に関心の高かった人々の求める情報は異なります。したがって、中央メディアに期待される報道(役割)と地域メディアに期待される報道(役割)は異なってきます。神田玲子氏は、不確実性への配慮としては、原則、安全を優先(precautionary principle)すべしと述べています。(出所:放射線医学総合研究所 放射線防護研究センター神田玲子 [福島県内で一定の放射線量が計測された学校等に通う児童生徒等の日常生活等に関する専門家からのヒアリング(第2回)]「東京電力福島第1原発事故におけるリスクコミュニケーション~現状と問題点~」(2011.6.16))
東日本大震災の教訓を得て、津波警報もM8を超える巨大地震と判断できるときには「巨大な津波の恐れ」と発表するようアナウンスするといいます。あらためて、事業継続において、リスクコミュニケーションの管理は重要です。
ソーシャルメディアが発展し、人々の関心や共感をもとにした複数のネットワークが併存して発達してきている環境にあって、これからは、一単体だけの事業継続マネジメントではなく、複数のステークホルダーやコミュニティ間のコンフリクトマネジメントを含めた、エコシステムを有するコミュニティ継続を重視するCommunity Continuity Management (CCM)が新潮流になってくるのではないかと予測します。皆様の事業継続マネジメントシステムが一層柔軟で実効性の高いものとなりますことを祈念して本稿を終えさせていただきます。ありがとうございました。
『月刊ISOマネジメント』(日刊工業新聞出版社刊)/RMCAリレー連載⑳「企業経営を強化する実践リスクマネジメント講座」/2011年10月号掲載
執筆者:前田 泉(まえだ いずみ)
RMCA-J®上級リスクコンサルタント
日本リスクマネジャー&コンサルタント協会(RMCA) 理事
事業継続協会(BCI日本支部) 理事 事務局長
URL:http://thebci.jp/
電子メール:imaeda@thebci.jp
BCM-RM研修コース講師 |