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千葉科学大学 危機管理学部 危機管理システム学科 粕川 正光著
近年、防災やリスクマネジメントの領域でも「レジリエンス(レジリアンス)」という言葉がよく用いられるようになってきている。特に東日本大震災以降、日本政府も国土強靱化計画(レジリエンス・ジャパン)を重点政策の一つとしてあげるなど、社会システム構築や企業経営などの分野において、レジリエンスという言葉が、リスク対策や災害対策などの文脈でしばしば用いられるようになってきている。しかしながら、このレジリエンスという用語は非常に多様な意味合いで用いられており、その示すところがわかりにくい。本稿では、筆者の専門である心理学の領域を中心に、このレジリエンス概念について取り上げ、その重要性について述べてみたい。
・レジリエンスとは何か
レジリエンスは、もともとストレスなどと同様に物理学上の用語であった。物体などにおいて外部からの力によるゆがみがストレスであり、それに対し、そのゆがみを跳ね返そうとする力のことをレジリエンスと呼んでいた。このレジリエンスの概念は、ストレス同様に、主として心理学や精神医学の領域で発展し、困難な状況などの外的なストレスに対する、内的な回復力や復元力を意味するようになっていった。そして、個人内の心理過程だけでなく、防災分野、環境分野、政策分野などの社会システムの文脈でも使用されるようになってきたという流れがある。いずれにせよ、レジリエンスという概念は統一的な定義が無く、その使われ方も多様である。以下、個人の特性としてのレジリエンスと、社会システム上のレジリエンス概念について簡単に紹介し、その重要性について述べる。
・個人の特性としてのレジリエンス
前述の通り、レジリエンスは主として心理学や精神医学の領域で発展した概念である。レジリエンスは、心理学的な意味においては、弾力性、回復力、立ち直る力、精神的しなやかさなどの訳語が当てられることが多い。一般的な定義としては「困難あるいは驚異的な状況にもかかわらず、うまく適応する過程、能力、あるいは結果」や「ストレスフルな状況でも精神的な健康を維持する、あるいは回復へと導く心理特性」などの定義がよく用いられるが、非常に幅広い内容を含む概念であり、統一的な見解は得られていない。 逆境にさらされたり、強いストレスを受けたりするような体験をすることによって、精神的に傷つきを受けても、そこから立ち直り、状況に適応して健康な状態へと回復していくことができる個人の特性を示す概念である。同じようなストレスの高い出来事を経験したとしても、あまり打撃を受けずに済む人もいれば、大きな精神的な打撃を受けてしまう人もいる。そのような個人差に注目し、そのような差がどこから来るのか、その差が何であるのかに関する関心が、レジリエンス研究の発端となっている。 ここで注意していただきたいのが、レジリエンスは単なる「心の強さ」を意味する概念ではないということである。レジリエンスはしばしば「脆弱性」と対になる概念として用いられるが、人の心の強さと弱さとはそのような一次元でとらえることができるようなものでない。人間は、ある面で脆弱性を持ちつつも同時にレジリエンスのような強さをもっているものであり、単純に強い弱いで切り分けられるものではない。また、心の強さということにも、多面性がある。強いストレスを受けた際に、それを全く意に介さず、精神的な影響を受けないといった種類のタフさを持っている者もいるが、そのような種類の強さはレジリエンスとは分けて考えるべきである。レジリエンスは、ダメージを受けた状態から回復できる強さを意味する概念である。 人間の人生において、苦悩や挫折は不可避かつ必要不可欠なものであり、それを乗り越えることで成長することができる側面がある。そのような成長の上で、困難を乗り越える力であるレジリエンスの高さは非常に重要であるといえる。また、リスクマネジメントなどの業務に携わる人間にとっては、常に変化する状況への適応力という観点からも、レジリエンスの高さは重要な資質であるといえるだろう。 近年の研究では、このレジリエンスには生まれつきの生得的な要因と、後天的な獲得による要因の両方が存在することが示されてきている。研究者によって定義は異なるが、生得的な要因の一例としては、楽観性、統御力、社交性、行動力、等の資質が、獲得的な要因としては、問題解決志向、自己理解、他者心理の理解、等の能力が上げられている(平野,2011)。このうち、生得的な要因については、後天的な訓練によって高めることは難しいとされるが、獲得的な要因については、適切なトレーニングを行うことによって向上させることが可能である。近年、レジリエンス概念の広まりを受けて、レジリエンスに関するトレーニング手法などが多く考案されている。これらのトレーニングはもちろんレジリエンスを高める上で効果的であろうが、レジリエンスの高さには資質的な側面も大きく、訓練によって一様に高まるものではないということには留意していただきたい。
・社会システムにおけるレジリエンス
もともとレジリエンスは個人内の心理過程を意味することばであったが、近年ではその枠組みを超え、広く社会システム上の概念として使用されるようになっている。特に、東日本大震災以降は、広く用いられるようになってきており、日本政府においても「国土強靱化計画(レジリエンス・ジャパン)」を重点政策に取り上げるなど、社会的に注目を集めている。社会システム上のレジリエンスは、災害やテロなどの想定外の事態で社会システムや事業の一部の機能が停止または障害をうけても、全体としての機能を速やかに回復できるシステムの強靱さを表す言葉として用いられている。防災や事業継続計画(BCP)などと密接に関係する概念であるが、それだけでなく国家戦略や経営戦略などに関しても用いられるようになってきている。 災害などの想定外の事態によるダメージは、システム全体の中で脆弱な部分が最も大きな影響を受ける。しかし、同じ規模の災害に遭いながら、地域や社会・企業等によって被害規模・復興速度に差が生じることがある。レジリエンスの焦点は、災害やトラブルなどによって、危機に直面しシステムの稼働が困難となった状況から、いかに迅速に回復するかにあるといえる。この場合のレジリエンスは、災害等に対峙する力や、社会・地域や集団の内部の結束力やコミュニケート能力、問題解決能力などに注目する概念として取り上げられる。また近年では、迅速な復興という危機直面後の回復という側面だけでなく、潜在的なハザードを大きなトラブルに結びつけないための事前対応の側面も含めてとらえ、危機に対する社会システムの総合的な適応・対応能力の意味でレジリエンスが使用されることが多い。従来言われてきた「防災力」といった概念とほぼ同じ意味で用いられていることも多い。 いずれにせよ、レジリエンスという言葉を用いる場合、個人・集団双方を含めた人間の力に関するものがその主体となる。地域防災の分野などでは、地縁・血縁などの地域の結束力がこのレジリエンスの大きな源であるとされるが、これは地域社会だけでなく、企業などの集団などについても同様にいえることである。ひとつの社会的資源として集団メンバーの結束力や共通の目的意識を高め、レジリエンスをいかにして養成し強化していくかが集団や社会においても大きな課題となる。システムを運営する上では、負の外部要因は無限に存在し、その多くが突発的に発生する。レジリエンスの高い集団においては、日々の意思決定の中でそれらのトラブルに迅速に対応できると同時に、その中から新しい発展のきっかけを見出すことができ、さらなる飛躍につなげることも可能となる。 社会システム上のレジリエンスの高さは、リスクに対するシステムの準備状態と危機に直面した際に対応する個人・集団の力の相互作用によって決定される。そして、その基盤となるのは、メンバー個人の特性としてのレジリエンスである。 現在、レジリエンスという言葉は、流行の用語として使われているような側面があるが、リスクマネジメントを考える上で非常に大切な概念である。流行で終わることなく、普遍的な価値観として定着してほしいものである。
著者:粕川 正光 氏