第7回 環境リスク政策(1)
1.我々が直面している環境問題とは何か?
我が国における環境問題の捉え方の基礎には、今でも公害問題があるように思われる。しかし、現在の環境問題の本質は、その時間的、地理的な広域性と、世代を超えた影響にあるといえる。このような環境問題の特徴をまとめると、次のようになる。
(1)公害問題では、加害者がはっきりしており、影響を受ける地理的範囲と被害者も明確である。しかし、現代の環境問題では、全人類が加害者であり、全人類が被害や影響を受ける可能性がある。
(2)現代の環境問題では、明確な因果関係すら不明確である場合が多い。例えば、二酸化炭素の問題にしても、本当にそれが気候変動の主要な原因なのかどうかは不明な部分が多い。つまり、二酸化炭素の増加が及ぼす結果ですら、明らかでないといえる。
(3)環境問題で予想される結果は、近い将来における文明と人類の存亡の危機と考えられる。そのことを避けるために、未来世代のことを考えて(世代間倫理)、我々は何をするべきか決める必要がある。
(4)現代の資源問題、エネルギー問題も、化石燃料による二酸化炭素の排出が不可欠な現状なので、広い意味では環境問題と同一に考えるべきである。特に、資源問題に関しては、「地球の有限性」を認識した消費計画が必要な時代となっている。
(5)多くの事象が、複合的に関係して、環境問題に影響を及ぼすようになってきていることから、多面的に環境影響を評価し、相互関係を考える必要がある。
(6)その例として、現代社会では、多種多様な化学物質に曝される危険があるので、単一の化学物質だけでなく、複合的な影響も考慮する必要が出てきている。
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2.環境リスク論
以上のような特徴をもった環境問題を、できるだけ合理的な手法で解決しようと考えたとき、環境リスク論が役に立つ。「環境リスク」とは、中西準子著「環境リスク論 技術論からみた政策提言」によると、「環境への危険性の定量的な表現で、“どうしても避けたい環境影響”の起きる確率」と定義されている。ここで、「どうしても避けたいこと」を、「エンドポイント」と言い、これがしばしば起きる場合、「環境リスクが大きい」ということになる。例えば、ある化学物質で発がん性が問題になっている場合、そのエンドポイントは「発がん」であり、「発がん確率」が「発がんリスク」となり、その化学物質の「リスク」ということになる。
従来の化学物質に対する考え方では、ある規準があって、それ以下なら「安全」で、それを超えると「危険」であるという二分法的な考え方が主流であった。例えば、環境規制の考え方は、このような基準値を設定して、絶対安全を保障することで成立している。環境保護派の市民運動は、しばしば絶対安全を要求するため、行政も絶対安全を保障する必要があった。しかし、化学物質の危険性をリスクとして評価し、制御しようとすると、「安全」という考え方がなくなる。近年の多くの研究から、発がん性物質の発がん機構が解明されるにつれ、絶対安全の基準値(しきい値)の設定が不可能であると考えられるようになってきている。どんなに少量でも、その量に応じた危険性(発がん性)があるために、しきい値を決めることができないからである。つまり、我々は、小さいとはいえ、残っているリスクについて議論する必要にせまられており、これが、環境リスク評価の根本的な考え方といえる。
(次号に続く)
参考文献
吉田喜久雄、中西準子著、「環境リスク解析入門」東京図書、2006
中西準子著、「環境リスク論 技術論からみた政策提言」岩波書店、2005
中西準子著、「水の環境戦略」岩波新書、2005
中西準子、東野晴行編、「化学物質リスクの評価と管理」丸善株式会社、2005
中西準子、益永茂樹、松田裕之編、「演習 環境リスクを計算する」岩波書店、2004
中西準子著、「環境リスク学 不安の海の羅針盤」日本評論社、2004
鬼頭秀一著、「自然保護を問いなおす」ちくま新書、2007
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