Home > リスクマネジメント・ラボ > リスク政策
千葉科学大学 危機管理学部 危機管理システム学科 教授 木村 栄宏 著
リスク政策の基本にある「予防原則」は、たとえ科学的な根拠や証拠が不十分だったとしても、それをもって規制やコントロールの実施を止めなければならないということにはならない。つまりリスクが少しでも想定されるなら予防措置、予備的措置を取ること、そうでなければ、将来もっと大きなリスクにさらされるということである。 環境リスクや食品リスクを想定すれば納得しやすいだろう。
企業においても、どんな小さなミスも見逃さないことは現実には不可能であっても、想定されるリスクを微小なものから洗いあげておくことや、医療でのインシデントレポートのようにデータを積み上げておくことで、将来のリスクに積極的に関わっていくことが可能になる。
もちろん予防原則の背景には未知のリスク、未解明のリスクに対する不安、リスク認知があるのでそれを助長する可能性もある。やみくもに予防原則で政策や施策を実施すると今度はコストの問題も発生(例えばBSEの全頭検査)し、規制を実施したことによるリスクも生じる。であれば、リスクをゼロにすべき論ではなく、リスクがあることを前提としたリスクマネジメントの考え方が重要になる。
リスクコンサルタントやリスクマネジャーにとって、予防原則に基づくリスク管理が必要である。しかし、「予防原則のワナ」に陥らないことも同時に重要である。 10年前の日本の金融危機でも今回の世界金融危機でも、マーケットの相互不信(次の破綻銀行はどこだ?次の破綻企業はどこだ?という負の心理スパイラル)自体が危機を助長した面がある。予防原則だけで突っ走ったリスク管理を行うと、企業行動が制約され、負のリスク管理による企業の判断不全が生じる。
なお、政策には価値判断が伴う。政策は公平で価値自由であるべきとも言えるが、現実には社会のあり方や価値判断に影響される。 リスク政策、予防原則、リスクコンサルタントやリスクマネジャーの判断、これらはどれも価値判断が伴う。リスクコンサルタントやリスクマネジャーがそれぞれの分野、役割でリスクマネジメントを行う際に、常に己の価値観・価値判断基準を明確にしておくことも肝要だと考えられる。 リスク政策の概論的なイメージは以上とし、次回からは法律、政治、国際関係などに関わるリスク政策について、千葉科学大学酒井明教授に執筆いただく予定である。
(続く)