第38回 ~「事業継続マネジメントの有効性向上への提言」から考える組織における事業継続のための危機管理とは・上~
協会のHPにおいて、「東日本大震災の教訓を踏まえた事業継続マネジメント(BCM)有効性向上への提言」(以下、「BCM提言」と呼ぶ。)が公表されている。協会はもちろん、BCI(事業継続協会)日本支部、日本危機管理学会など、事業継続実務や学術的視点から多くの専門家が検証・議論した結果が集約されたものである。
今回は、この「BCM提言」を基に、事業継続マネジメントにおけるリスク政策を考えてみたい。 なお、読者の中でも東日本大震災を踏まえて、自組織の事業継続マネジメントの整備・有効性向上に懸命に取組んでいる方々も少なくないと思うが、今後の取組に当たって、事業継続マネジメントの整備の原点を踏まえて予め確認していただきたいことがある。それは、事業継続とは、正に自組織の危機管理のあり方そのものであって、決して規格や各種提言を模倣・遵守すれば良いというものではない、ということである。
事業継続に関して多くの文献等で引用されるBS25999-2が第三者認証規格であることから、往々にして、その規格や考え方を踏襲・準拠することが、事業継続マネジメントの整備と勘違いされているように思われる節もある。しかし、事業継続の取組は、規格に適合することなのか。規格に適合すれば、事業継続は果たされるのであろうか。まず、「事業継続マネジメントの有効性向上」のためには、この点を改めて自問自答してもらいたい。言うまでもなく、答えは明確である。この点を明確にして、組織構成員全員が共通の認識に立つこと、これこそが「事業継続マネジメントの有効性向上」に向けた出発点である。 それでは、「BCM提言」を元に「事業継続マネジメントの有効性向上」策について検討してみたい。
ここでは、先にも触れたように、規格や提言を盲目的に受け入れることが事業継続の取組ではないという本質を踏まえて、皆さんに考えていただくため、あえて、「BCM提言」への批判的検討を通じて、私なりに事業継続マネジメントの有効性向上に向けた更なる問題提起をしてみたい。そして、その問題提起に当たっては、従来の事業継続マネジメントにおいて偏重されてきたリスクマネジメントのみならず、「危機管理」に不可欠なクライシスマネジメント(危機事態対応)の視点も加味して行う。
「BCM提言」では、被災地とそれ以外の被災地の「全体に共通した課題や問題点」として8つの項目挙げている。主な項目としては、まず、「インシデント対応体制」が挙げられ、「今回の大震災という規模や被害の大きさや複合災害という特徴から、従来想定していたシナリオでは危機管理体制が対応できなかった、と考えられる」と結んでいる。また、「事業継続計画及びインシデントマネジメント計画」では、「計画に有効性・実効性がなかったといえる。今後、計画の有効性を担保させる取組が必要と考えられる」としている。 これらの指摘については、私は、正に従来の事業継続マネジメントの考え方が内包する限界と考えている。BS25999と同様の英国規格でクライシスマネジメントに関するPAS200を見ると、インシデントとクライシスは異なる次元で語られ、クライシスマネジメントは事業継続とは別次元のものと考えている記述がある(同規格が著作権の主張等により記述の引用や仕様としての引用を禁止しているため、詳細については、読者各位にてご確認いただきたい。)が、「今回の大震災という規模や被害の大きさや複合災害という特徴から、従来想定していたシナリオでは危機管理体制が対応できなかった」という結論は、少なくとも日本国内における事業継続を考える上では、インシデント対応体制の整備では足りず、クライシスへの対応体制を整備しなければ事業継続は実現できないことを意味しているものと解すべきではないだろうか。
この点について「BCM提言」では、シナリオについて原因事象から結果事象の考え方に基づいた発想の転換と、緊急時を想定したBIA(※事業インパクト分析)の実施、平時における演習を工夫することで想像力や発想力を高め、組織としての事業継続能力を高めるというような具体性・明確性に欠ける提言しかなされていないように読める。少なくとも、「今回の大震災という規模や被害の大きさや複合災害という特徴から、従来想定していたシナリオでは危機管理体制が対応できなかった」という点についての明確な対策は、具体的提言の項目には見当たらない。 シナリオ策定に関する結果事象への発想の転換は良いとしても、シナリオ通りの対策が発動できるなら、それはもはや事業継続を脅かす「危機事態」ではない。シナリオ通りに対策を行い、インシデントへ対応すればよいだけである。シナリオにない「危機事態」こそが事業の継続を脅かすのであり、この危機事態に対応できなければ、事業継続は実現できない。 ~続く~
(参考文献) 「東日本大震災後の教訓を踏まえた事業継続マネジメント(BCM)有効性向上への提言」【BCI(The Business Continuity Institute:事業継続協会)日本支部、一般社団法人BCMSユーザーグループ(BCMSUG)、一般社団法人 日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)、特定非営利法人日本リスクマネジャー&コンサルタント協会(RMCA)、ODネットワークジャパン(ODNJ)、一般特定非営利法人 日本サプライマネジメント協会(ISM Japan)、日本危機管理学会(CRMSJ)・2011年12月】 PAS200:2011 クライシスマネジメント・ガイダンスおよびグッドプラクティス 【英国規格協会(BSI)・2011年9月】
執筆者:西尾 晋 (にしお しん)
千葉科学大学 大学院 危機管理学部 危機管理学研究科 博士課程2年
株式会社エス・ピー・ネットワーク 総合研究室 主任研究員
危機管理の実務家としても、悪質クレームや反社会的勢力対応、危機管理広報等のクライシス対応支援を数多く手がける他、コンプライアンスや反社会的勢力対応体制、内部統制・リスク管理、苦情対応、事業継続マネジメント等の各テーマの体制構築支援コンサルティング、マニュアル作成やセミナーを担当する。
現在は、実践的な企業危機管理の専門企業として、国内トップクラスの実績を有する株式会社エス・ピー・ネットワークのシンクタンク兼危機管理コンサルティング部門である総合研究室において、各種危機管理コンサルティングに携わる一方で、企業危機管理に関する各種事象やリスク対策の研究や各種原稿の執筆を行う。あわせて、実務全般や危機管理研究の統括・調整・体系化を行う。
(主な論文・寄稿等)
・「ミドルクライシス マネジメント 内部統制を活用した企業危機管理~vol.1反社会的勢力からの隔絶」(著者:渡部洋介、発行:株式会社エス・ピー・ネットワーク)(2012.1月)(企画・構成を担当)
・「暴力団排除条例ガイドブック」(著者:大井哲也、黒川浩一、株式会社エス・ピー・ネットワーク総合研究室(共著)、レクシスネクシス・ジャパン株式会社刊)(2011.12月)
・「SPNレポート~企業における震災リスク・BCPの取組み編」(2011)
・「特別解説2012 これだけはおさえておきたいコンプライアンス~クレーム対応」(JA金融法務2012年1月号、株式会社経済法令研究会刊)
その他多数
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