第17回 口蹄疫と国の危機管理
普天間問題に隠れて報道は多くないが、宮崎県で発生し、処分対象となる家畜が152,403頭(5月27日現在)に達する等、被害が拡大し続けている口蹄疫の問題も我が国の危機管理という観点から看過できない課題である。
口蹄疫は、口蹄疫ウィルス感染によって起こり、牛、めん羊、山羊、豚等の家畜等の偶蹄類動物が感染する家畜性伝染病である。極めて伝染力が強く、莫大な経済的損失、国際流通に大きな影響が生じることから、最も警戒すべき家畜の伝染性疾患とされている。
日本では地理的条件や検疫の努力によって1908年の発生を最後に約1世紀の間清浄を保ってきたが、2000年に宮崎県と北海道で発生が確認された。
この経験を機に、2004年に「口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針」を発表する等、農林水産省、都道府県、市町村等の連携により総合的に発生予防、まん延防止を図るための体制が整えられている。
本年4月20日、宮崎県の農場の飼養牛に家畜伝染病である口蹄疫の疑似患畜が10年ぶりに確認され、同日上記指針に基づき農林水産省に口蹄疫防疫対策本部が設置され、宮崎県、地元市町村とともに殺処分、埋却、周辺地域での移動制限等の対策が講じられた。
しかし、今回の口蹄疫は上記の対策にも関わらず急速に周辺地域に蔓延し、政府の初期対応のまずさが原因との批判がある。被害拡大中の外遊については農相の政治家としての判断としか言えないが、風評被害を恐れるがために自身の地元視察を行わなかったと対策の不十分さを示唆したこと(下記注)は危機管理の観点からは看過できない誤りであろう。
また、5月16日に宮崎入りした平野博文官房長官は地元市長等からの支援要請に「現場のみなさんが何を欲し、政府に何ができるか。そんな思いで来た。政府の危機管理として対応する」と強調したとされる(毎日5.17地方版より)が、発生から一カ月近く経って地元の情報収集に赴き危機管理として対応するとは内閣官房のトップの認識としてはいかがなものか。政治主導を掲げる閣僚の危機管理に対する認識の低さは否定できない。
危機管理について前横浜市長の中田宏氏は、自身のブログで「空振りは許されるが見逃しは許されないのが原則」と予防措置も含めた初動対処の重要性を指摘するが、正に正鵠を射た発言である。
初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏は5月27日付産経新聞正論に「口蹄疫で見た情けない危機管理」と題して寄稿し、「防」という字が頭につく国家危機管理行政には4つの範疇(はんちゅう)がある。「防衛」「防災」「防犯」「防疫」だ(中略)。口蹄疫は、鶏インフルエンザ、新型インフルエンザ、狂牛病などに続く「B(バイオ)」の危機である(以上引用)と述べるとともに政府の初動対応を批判している。
筆者の伝え聞くところでは今回の口蹄疫は自然災害、重大事件、重大事故の範疇にないことから国家的危機管理のプロが集まる内閣官房の危機管理セクションの担当とはならなかったとのことである。
実際に初動を含む初期の政府、県の対応がどうであったか即断はできないが、わが国では最大規模、世界的に見てもここ10年で最悪と言われる規模の災禍が生起している現実を見る時、制度的な側面からも現在の体制を再検討すべきと思われる。自治体か主体となって対策を実施するにせよ、情報、人、物の点で政府がより強力に自治体に指示し、国を挙げてサポートする体制を整える必要があろう。
さらには、家畜の伝染病対策として再発防止のための諸施策を再検討するにとどまらず、上記佐々氏の指摘にもある通り、バイオテロ等への対策の観点等も含め、国の危機管理の側面からもさらに考究する必要がないだろうか。
事態の一刻も早い収拾が切に望まれるところである。
注 5月11日の記者会見での発言2010/05/12付 西日本新聞朝刊より
参考資料
「家畜防疫を総合的に推進するための指針」
5月27日付産経新聞「正論」
農林水産省プレスリリース
MSN産経ニュース「週刊中田宏」(5.23)
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