第43回 「動物と危機管理」
動物と危機管理について考える上で一番問題となるのは、人間と動物の間での意思の疎通が極めて難しいことである。そのために人間の一方的な思い入れや都合により論じられることが少なくない。
そもそも動物と危機管理とは一体どのような場面を想定するのか?
動物が原因となる人間に対する危機の管理なのか?
動物の危機を救うための管理なのか?
動物を使った人間や動物に対する安全安心の確保なのか?
動物が元来持っている危機回避対応能力のことなのか?
これらはすべて動物に係わる危機管理であることに異論は無いように思われる。しかし、これらすべてを包括するような概念は今のところ存在しない。これまでにも多くの人々がそれぞれの立場、興味、考え方に基づいて個々の概念について論じているものの、互いに相容れない部分も多い。そこで本稿では人間と動物の関係を整理してみたい。
日本では動物を野生動物、家庭動物、展示動物、産業動物、実験動物に区分するのが一般的である。野生動物以外は人間に飼育管理されているので飼育動物とも呼ばれる。家庭動物と展示動物には終生飼養が求められるが、産業動物と実験動物は人間のために命を貰うことを前提とし、生産、飼育される点が他の動物とは異なる。人間の蛋白質供給源としての産業動物の役割は言うに及ばず、発生学、免疫学、分子生物学などに今でも多大な貢献をしている実験動物の存在なくして生命科学の進歩はあり得なかった。しかし、このような考え方に対して異論と唱える人々がいることも申し添えておく。
法律面からみると、つい最近まで動物は物として扱われてきた。つまり、飼育されている動物を第三者が虐めたり傷つけたりした場合、すべて器物損壊として扱われてきた。やっと平成17年6月の「動物の愛護及び管理に関する法律」の一部が改正と平成18年10月31日付けの環境省告示により「人と動物とが共生する社会を形成するためには、動物の命を尊重する考え方及び態度を確立することと併せて、動物の鳴き声、糞尿等による迷惑の防止を含め、動物が人の生命、身体又は財産を侵害することのないよう適切に管理される必要がある」とし、すべての動物の命を尊重する動物福祉の考え方が明記された。これにより動物に対する虐待や不適切飼養が動物に対する罪として扱われるようになったのだが、実際の措置は都道府県に任され、各条例の内容も異なり、全国統一的な措置はまだなされていない。さらに、東日本大震災後のペットや家畜に対する対策不備、避難所でのペット同伴拒否、地域における野良犬・野良猫問題、鳴き声・糞尿による近隣トラブルなど理念と実践の間には大きな隔たりが残されている。平成21年度地球生物会議の統計によると全国で6万頭以上の犬17万頭以上の猫が自治体により殺処分されている。
動物医療(獣医療)においては人間と異なり殺処分・安楽死が認められている。たとえば、 環境省による展示動物の飼養及び保管に関する基準では「動物が感染性の疾病にかかり、人又は他の動物に著しい被害を及ぼすおそれのある場合、苦痛が甚だしく、かつ、治癒の見込みのない疾病にかかり、又は負傷をしている場合、甚だしく凶暴であり、かつ、飼養を続けることが著しく困難である場合等やむを得ない場合は、動物が命あるものであることにかんがみ、できるだけ生存の機会を与えるように努め、やむを得ず殺処分しなければならないときであっても、できる限り、苦痛(恐怖及びストレスを含む)を与えない 適切な方法を採るとともに、獣医師等によって行われるように努めること。」とされており、その他の飼育動物に対しても同様の基準が示されている。これにより、鳥インフルエンザや口蹄疫など感染症の発生によりニワトリやウシなどの家畜が多数殺処分されたことはまだ記憶に新しい。
野生動物関しては、種の保存法により国内外の絶滅のおそれのある野生生物を保護するために環境改善を含めた対策が取られている。本年佐渡島で放鳥されたトキから雛誕生し、その巣立ちを持って野生のトキ復活を果たした。しかし一方で、生態系への影響、人の生命・身体への影響、農林水産業への影響を及ぼすおそれがあるとして、多くの動物種が有害鳥獣、特定外来生物に指定され駆除の対象となっている。野生動物との共存は生態系すべてを含む問題であり、特定種の保護だけでは問題解決に至らないことも示されている。事実、カモシカ、鹿、猪、熊、猿など日本固有の野生動物もその生息数もしくは生息密度の増加により各地で有害鳥獣として捕獲・駆除を余儀なくされている。最近放映されたテレビ番組の中で、長年トキの保護と野生復活に貢献してこられた方が語られた将来の夢は「トキが増えて、有害鳥獣に指定されること」だそうである。この言葉が現在の動物と人間の関係にある大きな矛盾を物語っている。
日本における動物と人間の関係について非常に大雑把に概略させていただきました。個々の問題については、改めて専門の先生方に詳しく述べていただきたいと思います。
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執筆者:内川 隆一(うちかわ りゅういち)
千葉科学大学危機管理学部動物危機管理学科 内川隆一
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