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リスクマネジメントの専門知識・事例を学ぶ
リスクマネジメント・ラボ
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千葉科学大学 危機管理学部 医療危機管理学科 助教 畑 明寿 著
千葉科学大学 危機管理学部 医療危機管理学科 教授 藤谷 登 著
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第31回 ヒ素の健康リスクについて
はじめに
あまり知られていないヒ素の健康リスクについて近年の話題を紹介したいと思います。ヒ素は自然環境中に広く分布しており、特に地殻中には硫ヒ鉄鉱や鶏冠石などとして多く存在しています。これらの風化や地下水への溶出によりヒ素は土壌や海水に移行します。人間とヒ素の関わりは古く、紀元前4世紀ごろにはアリストテレス一派が鶏冠石についての記載を残し、紀元前1世紀ごろにはヒ素含有鉱石を薬や絵具として使用、1600年代にはそこからヒ素を取り出し農薬や殺鼠剤として使用していたそうです。産業革命以降、ヒ素およびヒ素含有鉱石の産業利用が進みました。そこで問題となったのは労働者のヒ素中毒や環境汚染でした。現在、産業衛生や環境衛生に関する様々な取り組みにより、これらが問題となる機会は減少しています。その一方、飲料水ヒ素汚染が新たな問題となってきました。また海産物に含まれるヒ素の健康リスクについても注目されています。
ヒ素の毒性
ヒ素の毒性はその化学形態に依存していることを述べたいと思います。1998年に発生した和歌山カレー事件で使用されたヒ素は亜ヒ酸(As2O3)といい、無機のヒ素化合物です。この亜ヒ酸の致死量は成人で数百mgとされ、毒性の高い物質であることがわかります。また、無機ヒ素化合物は国際がん研究機関(IARC)の発がん性リスク一覧において、ヒトに対して発がん性が認められる物質であるグループ1に分類されています。意外に思われますが、多くの海産物にはヒ素が含まれています。魚介類には主にアルセノベタイン((CH3)3As CH2COO-)という有機ヒ素化合物が含まれており、この致死量は数百gと、きわめて毒性の低い物質です。この2つのヒ素化合物を比較すると、毒性が千倍近く異なります。このように、ヒ素の毒性は化学形態により大きく異なります。 以上のことからわかるように、ヒ素の健康リスク評価は、ヒ素化合物の化学形態ごとに取り組むことが必要です。
飲料水のヒ素汚染
近年、飲料水の無機ヒ素汚染に伴う慢性ヒ素曝露が世界的な問題となっており、インド、ネパール、バングラデシュだけでも高濃度曝露者が約3500万人いると推計されています。ここではバングラデシュ人民共和国における状況を例にあげます。かつてバングラデシュでは飲料水として主に河川や湖の水が利用されていました。しかし衛生状態が悪く病原微生物への感染リスクが高いことから、1970年代よりユニセフなどの活動で井戸が設置されはじめ、1990年代前半には人口の95%が井戸水の利用が可能となりました。ところがこの頃になり、井戸水に地質由来の無機ヒ素が含まれていることが判明しました。この無機ヒ素濃度は急性中毒が生じるほどではないため、住民は気付かぬうちに長期間曝露されていたと考えられます。これらの地域では無機ヒ素曝露が原因と考えられるがんの発生が報告されています。WHOは対策として給水方法の代替案とそれを選択した際に想定される健康リスクについてのDiscussion Paperを示しています。興味を持った方はご覧下さい。
(http://www.who.int/water_sanitation_health/dwq/WSH03.06fulltext.pdf)
海産物中ヒ素の健康リスク
海水中のヒ素濃度は土壌に比べて低値ですが、海洋生物のヒ素濃度は陸上生物よりも高値を示します。海産物を日常的に摂取する我々には気掛かりなテーマです。海産物とヒ素に関しては、2004年に英国食品規格庁が、ヒジキは無機ヒ素を多く含むため食べないように、との勧告を出した事例があります。これに対し日本の厚生労働省と食品安全委員会はヒジキの健康リスク評価を行い、極端に多く食べない限り健康上のリスクが高まるとは考えられない、との見解を示しました。実はヒジキは食用海産物の中でも例外的に無機ヒ素を多く含んでいるためこのような問題となりました。では他の海産物中ヒ素の健康リスクはどうでしょうか。ヒジキ以外の藻類、魚介類に含まれるヒ素の大半は有機ヒ素化合物です。これまで多くの有機ヒ素化合物は化学形態が不明でしたが、分析技術の発展により形が確認されはじめています。現在、これらの有機ヒ素化合物の健康リスク評価に向けて研究が進められています。 |
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