第6回 地震災害に対する国と地方自治体のリスク政策
今回は、今後の地震災害に対する国と地方自治体のリスク政策について私見を述べたいと思う。
現在、わが国は地震活動期に入ったと言われている。今世紀前半にもM8クラスの大地震の発生が懸念されており、今後30年間での地震発生確率は、東海地震(M8.0程度)が87%、東南海地震(M8.1前後)が60~70%程度、南海地震(M8.4前後)が50%程度、首都直下地震(M6.9~7.3)が70%程度、宮城県沖地震(M7.5前後)が99%である。この状況を踏まえて、国(中央防災会議)では、これらの大地震に対する専門調査会を設置し、地震被害想定を実施している(図1参照)。
その結果によれば、東海地震の発生により、静岡県、山梨県南部、愛知県西部を中心とする地域に強い揺れが生じ、最大ケースで建物全壊約26万棟、死者約9,200人、経済的被害約37兆円とされている。東南海・南海地震の発生では、東海から九州にかけて強い揺れが生じる地域を中心として、最大ケースで建物全壊約36万棟、死者約1万8千人、経済的被害約57兆円と予測されている。また、首都直下地震の想定地震の1つとして、東京湾北部のフィリピン海プレートと北米プレートの境界でM7.3の地震が発生した場合の予測では、最悪のケース(冬の18時、風速15m/秒)では、建物全壊が約85万棟、死者が約1万1千人とされている。
図1 中央防災会議による想定地震の震度分布1)
このため、国(中央防災会議)のリスク政策である地震防災戦略では、東海地震および東南海・南海地震については、今後10年間で死者数および経済被害を半減させることを掲げている。また、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震の地震防災戦略では、今後10年間で死者数を4~5割減、経済被害額を1/4減させることを減災目標とし、首都直下地震の地震防災戦略では、今後10年間で死者数を半減、経済被害額を4割減させることを減災目標としている。
いずれの地震防災戦略においても、上記の減災目標を達成するための具体的な目標として、住宅・建築物の耐震化(例えば、多数の者が利用する建築物(特定建築物)の耐震化率75%→90%)を推進していくことは共通している。
ただし、東南海・南海地震および日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震については、津波ハザードマップの作成・周知、津波避難訓練の実施等を推進、海岸保全施設の整備を進めることとし、また、首都直下地震については、密集市街地の整備(不燃領域率40%以上)、初期消火率の向上(自主防災組織率72.5%→96%)、BCP策定企業の割合の向上(大企業:ほぼ全て 中堅企業:50%以上)などを進めることとしている。
これらを踏まえて、今後、地方自治体がとるべき地震災害に対するリスク政策について考えてみる。
前出の図をみると、それぞれの地震によって震度6弱(耐震性の低い木造建物は、瓦が落ちたり、建物が傾いたりすることがある。倒れるものもある。)以上になると予想される地域は、北海道から四国にかけての太平洋沿岸地域に分布している。これらの大きな被害が予想される地域の地方自治体については、国の地震防災戦略を踏まえて数値目標、達成時期、対策の内容等を明示した「地域目標」を策定することが国から要請されている。
それでは、上記以外の地域、例えば、日本海側の地域では地震防災対策をそこまで熱心に進めていかなくてもよいのであろうか。
最近発生した地震の事例をみると、2008年岩手・宮城内陸地震(M7.2)、2007年新潟県中越沖地震(M6.8)、2007年能登半島地震(M6.9)、2004年新潟県中越地震(M6.8)など事前にその存在を認識することが困難であった活断層でM7前後の地震が発生し、当該自治体に大きな被害をもたらしている。また、千葉県の地震被害想定2)をみると、東京湾北部地震(首都直下地震)、千葉県東方沖の地震、三浦半島断層群の地震による震度分布が求められており、千葉科学大学のある千葉県銚子市の震度は最大でも5強(耐震性の低い木造建物は、壁などにひび割れ・亀裂がみられることがある。)である。
これらの情報だけみれば、人命に関わるような被害には結びつかないように思える。しかし、銚子市直下のフィリピン海プレート上面でM6.9の地震が発生すると仮定した場合の震度分布をみると、銚子市のほぼ全域が震度6弱(一部で震度6強)になると予測されている。
「不意の地震に不断の用意」。これは、1923年の関東大震災を偲び、二度と惨害を繰り返さないよう注意を喚起するために建てられた記念塔(東京・有楽町)に書かれている碑文である。当時と違い、現在では、関東地震をはじめ東海地震、東南海・南海地震などM8クラスの地震は、今後30年間の発生確率であれば、ある程度の精度で予測できるようになっており、「不意の地震」とは呼べなくなりつつある。それに代わる現代の「不意の地震」は、市町村の直下で発生するM7前後の地震といえよう。
少子高齢化が進む地方の中小都市、過疎化が進む中山間地域を抱える市町村にとって、直下で発生する地震は、自治体の存続にも関わる深刻な被害をもたらすことが予想される。したがって、今後、地方自治体のとるべきリスク政策としては直下で未知の活断層などが引き起こすM7前後の地震が発生した場合に存続していけるだけの「不断の用意」、つまり、事前の備えを長期的な視点で継続的に行っていくことが必要であると考える。
参考文献
1)内閣府:平成20年版 防災白書(http://www.bousai.go.jp/hakusho/h20/index.htm)
2)千葉県:平成19年度 千葉県地震被害想定調査 報告書
(http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/a_bousai/jishin/higaisouteihoukoku.html)
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