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リスクマネジメントの専門知識・事例を学ぶ

リスクマネジメント・ラボ


第44回 2012年10月
「食品のリスク分析」
第43回 2012年9月
「動物と危機管理」
第42回 2012年8月
「リスク管理と危機管理」
第41回 2012年7月
「BCP3.0に向けて」
第40回 2012年6月
「事業継続マネジメントの有効性工場への提言」から考える組織における事業継続のための危機管理とは・下
第39回 2012年4月
「事業継続マネジメントの有効性工場への提言」から考える組織における事業継続のための危機管理とは・中
第38回 2012年4月
「事業継続マネジメントの有効性工場への提言」から考える組織における事業継続のための危機管理とは・上
第37回 2012年3月
「遺伝子屋と東日本大震災」
第36回 2012年1月
「屋内地震被害軽減への課題」
第35回 2011年12月
「震災による惨事ストレス」
第34回 2011年11月
「教育とリスク政策 2」
第33回 2011年10月
「教育とリスク政策 1」
第32回 2011年9月
「臨床検査値のリスクマネジメント」

第31回 2011年8月
「ヒ素の健康リスクについて」

第30回 2011年7月
「土壌汚染と健康リスク」

第29回 2011年6月
「大震災における危機管理のあり方」

第28回 2011年5月
「東日本大震災の対応を憂う!」

第27回 2011年4月
「水と海洋の汚染に関するリスク政策」

第26回 2011年3月
「メタボリックシンドロームのリスク評価と検査」

第25回 2011年2月
「組織の危機管理と内部告発制度」

第24回 2011年1月
「爆発のリスクマネジメント(2)」

第23回 2010年12月
「爆発のリスクマネジメント(1)」

第22回 2010年11月
「健康管理リスク政策(3)」

第21回 2010年10月
「健康管理リスク政策(2)」

第20回 2010年9月
「健康管理リスク政策(1)」

第19回 2010年8月
「交通事故と危機管理」

第18回 2010年7月
「ヒューマンエラー対応とリスク政策」

第17回 2010年6月
「口蹄疫と国の危機管理」

第16回 2010年5月
「リスク危機管理的視点で見たトヨタのリコール問題(2)」

第15回 2010年4月
「リスク危機管理的視点で見たトヨタのリコール問題(1)」

第14回 2010年3月
「メンタルヘルス・リスク政策(4)」

第13回 2010年2月
「メンタルヘルス・リスク政策(3)」

第12回 2010年1月
「メンタルヘルス・リスク政策(2)」

第11回 2009年12月
「メンタルヘルス・リスク政策(1)」

第10回 2009年11月
「医療リスク政策(2)」

第9回 2009年10月
「医療リスク政策(1)」

第8回 2009年9月
「環境リスク政策(2)」

第7回 2009年8月
「環境リスク政策(1)」

第6回 2009年7月
「地震災害に対する国と地方自治体のリスク政策」

第5回 2009年6月
「事故調査と再発防止対策のあり方(2)」

第4回 2009年5月
「事故調査と再発防止対策のあり方(1)」

第3回 2009年4月
「テロの形態と対策」

第2回 2009年3月
「リスク政策とは(2)」

第1回 2009年2月
「リスク政策とは(1)」

著者プロフィール

千葉科学大学 危機管理学部 動物・環境システム学科 教授  坂本 尚史  


30回 土壌汚染と健康リスク

土壌は、一般的には土と呼ばれ、固体地球の最上部を構成するものであり、人間をはじめとする様々な動植物の生存する場となっている。すなわち、土壌は農耕・牧畜の場であり、人類は食料生産の場として、そして生活の場として古くから利用してきた。

資源の大量消費と化学工業の発展に伴い土壌が様々な物質により汚染され、農作物や地下水、それに空中に浮遊する土壌粒子の直接摂取による様々な健康リスクの存在が問題視されるようになってきた。現在では、環境基準も設けられ汚染の予防と対策が行われているが、某土地開発会社が汚染を把握しながら説明せずにマンションを販売した事案や東京都の市場移転予定地の汚染事案、さらに先般の原子力発電所事故では放射性物質による汚染など、土壌汚染に関する様々な問題がマスコミをにぎわせている。

本講では、土壌汚染とその対策について、これまでの経緯と現状、そして若干の問題点について概説する。

(1) 土壌とは
地表に露出した岩石は、雨水や河川水などの地表水や空気にさらされることにより、地表部から次第に変質し、微細な粒子へと変化していく。この過程を風化作用と呼ぶが、この過程で、岩石は地表付近で安定な微細な粘土に変化する。土壌はこうして生成した粘土、未風化の細粒の岩石粒子、生物体が分解してできた有機物(腐食物質)、それに土壌微生物から成っている。粘土にはイオン交換性や吸着性があるため、土壌中に有害物質がもたらされるとそれを長期間保持され、その後ゆっくりと放出されることになる。

(2) 土壌汚染の歴史
土壌汚染は、稼働中の鉱山や工場の排水や排煙、休止した鉱山からの廃水、管理の行き届かない廃棄物処理場からの排水などに含まれる重金属、有機化合物、油などの有害物質による土壌の汚染である。この汚染が農作物や地下水を通して人の体内に入り、健康障害を起こすことが問題になっている。

我が国で初めて注目された土壌汚染は、栃木県および群馬県の渡良瀬川流域の鉱毒水問題である。これは、栃木県にあった足尾銅山の精錬排水を含む河川水を灌漑用水として利用していた水田の土壌汚染であり、稲の立ち枯れなどが多発した。その後、1968年には富山県神通川流域で四大公害病の一つであるイタイイタイ病が発生した。これは、亜鉛精錬工場の排水に含まれていたカドミウムにより汚染された農地から採れた米の摂取による慢性中毒であった。近年では、工場などで使用される化学物質は極めて多様化しており、重金属のみ成らず様々な有機化合物による土壌汚染に伴って健康リスクも多種類になり、その対策が必要となっている。

(3) 農用地土壌汚染防止法の制定
イタイイタイ病の発生を契機として、国は公害対策基本法(現行 環境基本法)に土壌汚染を追加するとともに、1970年に農用地土壌汚染防止法(正式には、農用地の土壌の汚染防止等に関する法律)を制定して、土壌汚染対策に動きだした。これは、汚染された農地で栽培した農作物の汚染に由来する健康被害を防止することを目的としたもので、カドミウム、銅、および砒素を対象にしている。なお、銅に関しては、人に対する健康リスクと言うより、稲等の生育に対する影響から対象に加えられた。この法律では、全国調査に基づいて都道府県知事が汚染地域を指定して農用地土壌汚染対策計画を策定し、知事と市町村長が対策を講じるものとなっている。

その後、1991年には健康を保護し生活環境を守るうえで維持されることが望ましい項目と基準として土壌の汚染に係わる環境基準が制定され、現在では重金属に加えて有機物質をも含む27物質が指定されている。

(4) 土壌汚染対策法の制定
近年、工場移転による跡地開発に際して、工場で使用していた重金属や化学物質による土壌汚染や地下水汚染が多発するようになり、法整備が必要となってきた。このような背景を受けて、土壌汚染の状況の把握による汚染の未然防止と汚染の浄化を主な目的として、2002年に土壌汚染対策法(土対法)が制定された。この法律は汚染された地下水の飲用および汚染土壌を直接摂取することによる健康被害の防止を目的としており、重金属など無機物質9種とPCBなど有機化合物16種が指定されている(ダイオキシン類対策特別措置法に定められる物質は除かれている)。地下水摂取によるリスクの観点からの環境基準である土壌溶出基準と、直接摂取によるリスクの観点からの土壌含有量基準が定められている。この法律が対象とする土地は農地ではなく、有害物質を扱っていた市街地の使用が廃止された工場または事業所跡地であり、その土地の形質の変更が行われる際などに調査と対策を義務づけている。さらに、当該の土地の所有者に調査と対策を義務づけている点が特徴であり、そのため、最近では工場操業中から汚染の未然防止対策が図られるようになってきている。

(5) 土壌汚染対策の問題点
土壌汚染対策に関しては、対象となる土地の問題、近隣への汚染の拡散、対象となる化学物質の種類、対策の方法・費用・期間など様々な問題点が指摘されている。ここで、筆者が専門とする環境地球科学的な立場から、一つの問題点を指摘しておく。

それは、自然由来の汚染に関するものである。我が国は火山国であり、各地で地熱地帯や温泉、それに大小の金属鉱床が散在している。そのため、多くの自然由来の土壌もしくは地下水汚染が報告されている。その例としては、蛇紋岩地帯の湧水の六価クロムによる汚染、浅海成層の砒素による汚染、温泉湧水や火山活動、および未開発金属鉱床などからの重金属・砒素・酸性水による汚染が知られており、場合によっては環境基準の数倍から十倍に達する場合もある。このような自然由来の汚染を対象外にして良いかどうか様々考え方があると思われるが、より詳細な議論が必要と思われる。なお、特にトンネルなどの建設工事ではその掘削残土に対して対策を要する場合があり、最近では暫定的な対応のマニュアルも出されており、注意が必要である。

(6) 原子力発電所事故に伴う放射性物質による汚染
3月11日の東日本大震災に伴う福島第1原子力発電所の事故では、空中に飛散した大量の放射性物質が、地表に降下して広い範囲で土壌を汚染した。地表からの放射線被曝を除けば、基本的に土壌汚染と全く同じ事象であり、農作物を経由しての内部被爆、土壌の直接摂取による内部被爆など、様々な健康リスクが心配され、調査と対策が進められている。対策としても、従来の土壌汚染対策と同様であり、排土および客土が中心になるものと予想される。これらに加えて植物による汚染除去(バイオ・レメディエーション)も検討されている。これまでの土壌汚染と最も異なる点としては、これが想定外の出来事であったこともあり、環境基準(許容値)および測定方法が確立されていないことがあげられる。環境基準に関しては暫定基準が公表されたが、特に子供に対してその値の妥当性に疑問が寄せられている。測定法に関しても、試料採取の深度が大きく分けて地表〜5cmと15cm〜20cm程度までの2つの異なった深度での測定が行われている。前者は直接摂取、後者は農作物経由の健康リスクを問題としているようではあるが、公表時に試料採取方法が説明されることは少なく、また測定値のみが一人歩きすることも多く、汚染状況を比較する際には注意が必要である。また、学校グラウンドでの汚染除去に関しては、表土と60cm以深の土との入れ替えによる対策が進んでいるようではあるが、今後の事故の終息状況を見ながら、将来を見据えた除染工法の確立とその早急な実施が求められる。

なお、測定法が確立されていない問題は空中放射線測定でも言われている。従来のモニタリングポストの多くは、汚染源として外国の核実験やチェルノブイリ原発事故などからの飛来物質を想定していたため、ビル屋上などで測定されている。これに対して、今回行われている自治体や市民団体による測定では、地表に降下した放射性物質からの被爆を想定しているため、地上直上や地上1mでの測定を中心としている。このため、測定値に大きな差異が出ることがしばしば見受けられることにより、測定値の信頼性に疑問が持たれ、混乱と不安を助長する要因ともなっている。早急に放射線に関する環境基準と測定法の基準を設定することが必要であろう。

(7) おわりに
土壌汚染対策法が施行されて10年近くが経過した。その間、様々な見直しも行われている。農用地土壌汚染防止法および土壌汚染対策法の施行により、土壌汚染の対策が大きく前進したことは事実であり、かなりの成果を上げていると考えられる。しかし、今後も適切に必要な見直しを行い、原子力発電所の事故や、工場の大規模事故など、想定外の汚染が発生することも充分に考慮しながら、土壌汚染による健康リスク低減のための努力が続けられることが期待される。