第9回 医療リスク政策(1)
今回は、医療リスク政策について私見を述べたい。
医療リスク政策と言った場合、「医療リスク」の政策か、医療の「リスク政策」かでニュアンスが異なってくるが、ここでは医療リスク=医療安全管理ととらえ、それに関する政策、といった意味合いで考える。
まず、医療分野でのリスクおよびリスクマネジメントというと、当初は医療事故が生じた際の、患者や遺族から来るクレームに対していかにうまく対応するか、訴訟に対してどのように関わっていくか、すなわち、リスクというよりは生じた事故に対する危機管理そのものと考えられていたというイメージがあろう。
しかし、1999年に発表された「To Err is Human:Building a Safer Hearth System」(邦題:人はだれでも間違える-より安全な医療システムを目指して)以降、認識は大きく変わった。
この本は、アメリカ医学研究所による、医療上のエラーに関しての報告書であるが、それまで信頼や尊敬あふれる米国における医療について、その医療上のエラーの実態を推計も含めて明らかにしたもので、一般人にも医療人にも極めて大きなインパクトを与えたものである。
事故が生じた際に、「責任者追求」と「事故原因追求」と2つの方向性があるうち、「To Err is Human」以降は、エラーが生じること自体はそれをひとつの前提と認識した上で、リスクマネジメント(そうならないように予防や管理する)を行い、事故原因を追求し、情報を収集し、暗黙知を形式知にするという方向に変わったといえる。
畑村洋太郎氏の指摘にあるように、輸送関係の事故をはじめ様々な事故に対して日本では得てしてどうしても責任追及に力点が置かれがちである。責任を明確化した上で重要なのは今後の予防や対策にいかに?げるかであろう。2005年WHOでは、事故報告制度のガイドラインを示しているが、そこでも「報告と処分が連動されないこと」「個人の能力よりも、システムやプロセス、最終結果をそのように変えれるかにフォーカスすること」といった内容が明示されている。リスクマネジメントおよび医療リスク政策上、「To Err is Human」には大変大きな意義があるといえる。
医療分野におけるリスクマネジメントには、2つの考え方がある。ひとつは、医療事故を出来るだけ防止し、マイナスをなくしていくというもの。もうひとつは、“医療の質”をあげていくことが最大のリスクマネジメントになる、つまりプラス面を伸ばしていくことが重要というものである。
次回は両者の取り組み例について述べた後、諸外国も含め、医療の質を高め、患者にも有効であろう方策のいくつかに触れ、「医療リスク政策」という範囲も論点も広いこの問題について、おおざっぱながら流れを示し締めくくる事とする。
(続く)
参考文献・引用文献
・米国医療の質委員会/医学研究所編「人はだれでも間違える-より安全な医療システムを目指して」2000年(邦訳)
・ 聖路加国際病院QI委員会編集「[医療の質]を測る 聖路加病院の先端的試み」Vol.1、Vol.2、2007年、2008年
・田中滋 古河俊治編集「MBAの医療・介護経営」2009年
・東京大学医療政策人材養成講座編「医療政策入門」2009年
・四病院団体経議会医療安全管理者養成委員会編「医療安全管理テキスト」2005年
・坂本すが責任編集「5日間で学ぶ医療安全超入門」2008年
・児島英明監修 別冊・医学のあゆみ「地域医療崩壊と医療安全をめぐって-医療版リスクマネジメント争論」2009年
・畑村洋太郎「起きてしまった事故は社会の共有財産である」中央公論2006年6月号
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