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千葉科学大学 危機管理学部 危機管理システム学科 准教授 戸田 博也 著
1.テロの脅威のリアリティ 日本人が「日本人であること」を理由としてテロ行為の被害に遭うという危機感が、急速に高まってきている。それは、「国内外を問わず」である。グローバリゼーションが進む中、人・カネ・モノが容易に国家間を行き来するまさに「負の部分」として、世界に拡散しさまざまな多様化を見せる国際テロの脅威が、日本国内にいても容易に直面する可能性のあるものとして我々に降りかかってきている。 このような状況に対応して、日本国の一定の行為(例えば、首相や諸大臣の発言・行動等)を契機に海外でまたは日本国内で引き起こされる可能性のある国際テロから無辜(むこ)の日本国民をいかに守るかという議論が、国会ならびにさまざまなフォーラムでさかんになされるようになってきた。これは、もちろん必要かつ重要なことである。しかし、体系的・包括的にリスク・クライシスマネジメントを行うという発想からすると、テロ対策の議論としては抜け落ちている視点が多々見られる 。 日本人の命を直接的にいかに守るかという視点を軸に、「自衛隊を派遣する」、「警察機能を強化する」、「危機的状況対応のための情報収集・管理を一元化する」等の技術的観点からなされる議論がほとんどである。この議論は最も重要ではあるが、いわば「モグラたたきゲーム」でモグラ(つまりテロリスト)が出てきたらどうするかという、対症療法的なものであり、次から次に凶暴なモグラが出てくる状況となれば、とたんに対応に限界が生じることとなる。出てくるモグラを少なくするには、さらには、モグラを一掃するためには、何が必要か、という視点も同時に議論しなければ、より完成度の高いリスク・クライシスマネジメントとはいえない。 このような視点からすれば、テロリストへの武力制裁・経済制裁の検討も必要だが、ここでは一般的にはあまり耳にすることのない「テロ行為に対する国際的包囲網」として象徴的な条約体制について紹介・検討してみたいと思う。 2.テロ防止関連諸条約のあり方 まず、テロ行為の規制のための条約(テロ防止関連諸条約)には以下のようなものがある。 ① 「航空機内で行われた犯罪その他ある種の行為に関する条約」(東京条約)【1963年採択、1969年発効】 ② 「航空機の不法な奪取の防止に関する条約」(ハーグ条約・ヘーグ条約)【1970年採択、1971年発効】 ③ 「民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約」(モントリオール条約)【1971年採択、1973年発効】 ④ 「国際的に保護される者(外交官を含む。)に対する犯罪の防止及び処罰に関する条約」(国家代表等犯罪防止処罰条約)【1973年採択、1977年発効】 ⑤ 「人質をとる行為に関する国際条約」(人質行為防止条約)【1979年採択、1983年発効】 ⑥ 「核物質の防護に関する条約」(核物質防護条約)【1980年採択、1987年発効】 ⑦ 「1971年9月23日にモントリオールで作成された民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約を補足する国際民間航空に使用される空港における不法な暴力行為の防止に関する議定書」(モントリオール議定書・空港不法行為防止議定書)【1988年採択、1989年発効】:③の条約を空港におけるテロ行為にも適用したもの。 ⑧ 「海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約」(海洋航行不法行為防止条約)【1988年採択、1992年発効】 ⑨ 「大陸棚に所在する固定プラットフォームの安全に対する不法な行為の防止に関する議定書」(大陸棚プラットフォーム不法行為防止議定書)【1988年採択、1992年発効】 ⑩ 「可塑(かそ)性爆薬の探知のための識別措置に関する条約」(プラスチック爆弾探知条約)【1991年採択、1998年発効】 ⑪ 「テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約」(爆弾テロ防止条約)【1997年採択、2001年発効】 ⑫ 「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約」(テロ資金供与防止条約)【1999年採択、2002年発効】 ⑬ 「核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約」(核テロリズム防止条約)【2005年採択、2007年発効】 上記諸条約を概観すると、さまざまな状況に対応できるよう詳細に設定された諸条約であることが窺(うかが)えるのではないだろか。テロ行為として行われるさまざまな行為を、個別の条約で具体的に規制し、各加盟国に国内法で規制するよう義務付けたものである。 さらに、①と⑩を除く他の11の諸条約には、「引渡しか訴追か」の義務が設定されている。この義務は、条約で規定される犯罪を行ったとされる容疑者を自国領域内で捕まえた加盟国は、同容疑者の(訴追・処罰目的で)引き渡しを求める国に引き渡さない場合には、自国で訴追・処罰することを義務付けるものである。つまり、容疑者をいずれかの加盟国において確実に訴追・処罰するように設定されており、引渡しも訴追・処罰もせずに容疑者をかくまうことを許さない、すなわち、テロ行為を行った者に「安息の地」を与えないよう設定するものといえる。要は、一致団結してテロリストを訴追・処罰することを明確にした条約設定である。 このような条約体制が存在することを、メディア等を通じて広く世界的に周知すること自体、つまり各国家の関係機関のみが知っているという状況ではなく広く一般の国民が知りうる状況を作り出すこと自体、IS(イスラム国)などのテロリスト集団の勧誘に乗りテロリストの一員になろうとする世界中のテロリスト予備軍への抑止を促す効果を付与することにもなる。 3.条約体制の不備と日本の役割 しかし、上記のテロ防止関連諸条約においては不十分な点もある。現在の条約体制は、個別の行為を各々の条約で規制し、それらの条約の束(たば)として確立されたものである。当然、規制が欠落する部分や不十分な部分が出てくる。したがって、理想的には、諸国が合意する包括的なテロリズム・テロ行為の定義が作成され、その定義に基づく行為をもれなく規制する包括的なテロ行為規制条約の採択・発効が望まれる。 それでは、現在に至るまで、なぜこのような包括的な条約が採択・発効されていないのだろうか。理由は、第二次世界大戦後の植民地独立の文脈にさかのぼる。多くが戦後独立した発展途上国(イスラム諸国を含む)、ならびにそれを支持する社会主義国は、全てのテロ行為を例外なく禁止することに否定的な立場をとった。すなわち、人種的・宗教的差別等に基づく植民地支配から脱するために「自由の戦士(freedom fighters)」(人民の解放者)として行う闘争であれば、テロ行為を含めたあらゆる闘争を認めるべきであるとする主張である。人民自決権の行使としてやむにやまれずに行ったテロ行為は、テロ行為の包括的規制から除外すべきとする立場である。これに対して、植民地支配を行ってきた諸国を含む先進諸国は、そのような例外を許容せず、あらゆるテロ行為を完全に禁止する包括的条約の作成を望む立場をとってきた。この両者の対立は、現在に至るまで根深く残っている。ただし、現時点においては、例えば、9.11テロやISが行う残虐かつ非人間的行為をテロ行為として規制することに異論がある国はほとんどないと思われる1)。 このような状況下で、第二次世界大戦後の植民地支配の文脈に関与しておらず、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教をベースとした国でもなく、かつ、世界各国との関係性から恩恵を受けてきたGDP No.3の経済大国である日本は、まさに、包括的テロ行為規制条約作成のためのリーダーシップを発揮すべき立場にある国といえるのではないだろうか。包括的テロ行為規制条約作成のための世界的な潮流を推進・先導することは、「テロには屈しない」という諸国の団結をより明確に示すという効果も含め、テロの抑止・処罰を強化する重要なリスク・クライシスマネジメントの一環と捉えうる。 ここでは、あえてあまり一般的には浸透していない部分にスポットを当てて検討してきたが、より完成度の高いリスク・クライシスマネジメントとしてのテロ対策は、ここで検討した「テロ行為に対する国際的包囲網」を含めた、より多角的かつ創造的なものでなければならない。 参考文献 1. このような対立の経緯に関して、初川満「2 国際社会におけるテロリズムの法的規制」初川満(編)『国際テロリズム入門』(信山社、2010年)46-55頁参照。
著者:戸田 博也 氏 【現在】千葉科学大学 危機管理学部 危機管理システム学科 准教授 【最終学歴】慶應義塾大学大学院 法学研究科 公法学専攻 博士課程 単位取得満期退学 【専門分野】国際法学、安全保障、国際連合、経済制裁