第48回 「脅威への対処を説得する」
社会では何らかの脅威の存在を呈示してその脅威への対処行動の実行を説得する試みが多くみられる。例えば、子宮頸がんの危険性を呈示してワクチン接種を勧める説得や、津波の危険性を呈示して避難路の整備をすすめる説得である。このような説得は脅威アピール説得あるいは恐怖アピール説得と呼ばれており、人々の安全を促進する上で重要であることから、長い間、社会心理学の領域で研究されてきた。
様々な研究の結果、基本的には大きく脅威をアピールする方が説得効果は大きいという知見が得られている。しかし、脅威の大きさだけで説得効果が決定するわけではない。脅威アピール説得の代表的理論である防護動機理論(Rogers,1975)は、以下の7項目に関して被説得者がどのように考えるかが、説得効果に影響すると提唱している。
1. 脅威の深刻さ
2. 生起確率
3. 対処行動の効果性
4. コスト
5. 内的報酬
6. 外的報酬
7. 自己効力
例えば、肺ガンの脅威を呈示してタバコをやめるよう説得する場合、1. 肺ガンがどれくらい深刻な病気であると考えるか、2. 肺ガンが発生する確率はどの程度か、3. タバコを止めることによって効果はどの程度あるのか、4.タバコをやめるためのコスト(病院で禁煙治療を受ける費用など)はどれくらいか、5. 自分にとってタバコがどのくらい魅力的か、6. タバコを吸い続けるとどの程度の利益があるか(愛煙家から仲間と認めてもらえるなど)、7. 自分が対処行動を実行できる見通しはどれくらいか、について被説得者がどう考えるかが説得の受諾に大きな影響を与えると考えられる。効果的に説得しようとする場合には、少なくともこれら7つのポイントをうまくアピールする必要があるだろう。特に対処行動のコストが大きすぎる場合や対処行動の実行が面倒である場合などには、説得が拒否されることが多い。どのようにすればコストは抑えられるのかという情報を盛り込むとともに、対処行動をできるだけ容易なものにする工夫も必要である。
ところで、環境問題などの脅威は一個人だけがいくら努力しても解決することはできない。この種の脅威を低減するためには、多くの人が並行して対処行動を行う必要がある(例えば燃費の悪い車に乗らない等)。このような集合的対処行動の説得効果を説明するための理論としては、集合的防護動機モデル(深田・戸塚、 2001)が存在する。この理論は、1. 脅威の深刻さ、2. 生起確率、3. 効果性、4. コスト、5. 実行能力(受け手自身に対処行動を実行する能力があるかどうか)、6. 責任(当該の脅威への対処行動を実行していく責任が自分にあるかどうか)、7. 実行者割合(どの程度の割合の人が当該の対処行動を実行するか)、8.規範(対処行動をとることが準拠集団の規範や期待に沿っているかどうか)について被説得者がどのように考えるかが説得効果に影響すると提唱している。多くの人が協力してある脅威に立ち向かわなければならないときには、脅威の深刻さだけではなく、各個人の責任の大きさやモラルの大切さをアピールすることも重要なのである。
社会が複雑化してきている昨今、人々は様々な種類・レベルの脅威にさらされているといえる。むろん、全ての脅威に対して効果的な対処行動が用意されているわけではないが、一部の脅威は対処行動を実行することによって確実に予防が可能である。人々の安全・健康を促進するために、専門家、政府、関連機関等が効果的な脅威アピール説得を行っていくことが重要である。
≪PR RMCA主催 ISO22301対応「BCM-RM研修コース」≫ http://www.rmcaj.net/_rmca/guide/authorization/bcm-rm_k.html
執筆者戸塚 唯氏 (Tadashi Tozuka)
千葉科学大学 危機管理学部 危機管理システム学科
准教授
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