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ISO15489に準拠した記録管理の基本とリスクマネジメントの基礎を学ぶ
レコード・リスクマネジメント研修コース」開催中

渡邊 健  

3回

相次ぐ記録の改ざん事件
ここ数年、企業が何らかの「記録」を改ざんして世間から厳しく糾弾される場面が相次いでいます。
近いところでは、大手鉄道会社J社の脱線事故をめぐり、国土交通省の事故調査委員会の委員からJ社社長らに調査内容が漏えいし、且つそれを改ざんするようにJ社社長が調査委員に依頼していた、という事態が明らかにされました。
また、大気汚染防止法や水質汚濁防止法で決められている工場等からの、各種物質の排出基準や基準の測定に関するルールを無視した企業行動も露見しています。基準を上回る有害物質が排出されていたにも関わらず、その記録を改ざんして自治体に報告していたケース、必要な測定を実施しなかったにも関わらず、測定回数を改ざんして報告していたケース。環境問題は世界的な最重要課題と認識されており、且つ我が国がリーダーシップをとっていける数少ない対象であることを考えると残念です。
証拠隠滅やコンプライアンス違反の要因としてよく言われるのが、「自己保身」と「組織の防衛」です。前者は自分自身の損得勘定からルール違反をすること、後者は自分の所属している組織へのロイヤルティから良かれと思ってルール違反を犯すこと。日本企業のコンプライアンス違反は後者が多いと言われますが、いずれにしても決して許される行為ではありません。
戦前・戦中の日本国の意思決定資料が敗戦と同時に大量に焼却処分され、結果、極東軍事裁判とそれに続く史実確認の作業が困難となったことは、今年改めて検証され大きな話題になりました。

レコード・マネジメントの観点から
レコード・マネジメント、記録情報管理の観点から言えば、これらの記録改ざん事件は、アカウンタビリティ(挙証説明責任)を担保する上で大きなマイナスとなります。ISO15489では、記録情報管理の利点について記述されています。正しい記録管理によって、「規律を持ち効率的に、且つ第三者への説明責任を果たすことができる方法で業務を管理すること」、「経営管理における一貫性、継続性、生産性を担保すること」、「記録の長期保存、第三者からの監査・監督を含むコンプライアンス要件を満たすこと」、「組織活動における証拠の有無または欠如に関するリスク管理、訴訟対策」、「組織の利益並びに従業員、顧客、その他の利害関係者の権利保護」等が可能となるとされています。
先に挙げた記録改ざん事件を振り返ってみて下さい。虚偽の記録が証拠・証跡としての効力を持たないことは当然です。それ以外にも、記録の改ざんを依頼するような経営に規律が存在するとは言えません。また、工場の排水、ばい煙記録を継続的にモニタリングしていくことで、工場の不具合を検出し、生産性の向上につなげる機会、経営管理上のチャンスを逃していることにはならないでしょうか。そもそも、記録改ざんは組織内の身内を守るために行われたかもしれません。しかし、結果的に地域住民や顧客のみならず、自らの組織を窮地に追い込むことになりました。不祥事を起こした多くの企業が、法的な制裁の対象になっています。

規制環境との関係
数々の事業再生を手掛けた経験を持ち、現在は経営共創基盤の社長を務められている冨山和彦さんがよく言われていますが、「人品骨柄の優劣や人間性の善悪で論ずることはたやすいが、現実には皆、それぞれの立場と事情を背負いながらその中で必死に、ある行動を選択していった」(『会社は頭から腐る』2007ダイヤモンド社)と。私も同感です。他方、記録改ざん事件が起こるような「事情」とは何なのか、改めて考えてみることは無駄にはならないと思います。
ISO15489では、規制環境という項目があり、ある記録情報管理がなされる上で、そのあり様がどんなものに影響を受けるのか、ということが記述されています。その内容は概ね以下のようなものです。

 ・記録、アーカイブ、アクセス、プライバシー、証拠、電子商取引、データ保護、及び情報に関する法律
  または規定類を含む特定分野、 並びに一般的な業務環境を規定する制定法、判例及び各種規制
  ・義務付けられている実務基準
  ・ベストプラクティス
  ・行動指針、倫理規定
  ・特定分野または組織に関して「こうあって欲しい」と地域社会が期待する内容

企業が必要な記録を保持し、当局に報告する義務を負うことは、法規制で定められています。環境関連であれば、大気汚染防止法や水質汚濁防止法がそれに当たります。しかしながら、実はこれらの法律では、基準以上の有害物質を排出した場合の罰則はあっても、記録を改ざんしたことに関する罰則はありませんでした。わかりやすく言えば、テストで落第点をとればお小遣いをもらえないけれど、テストでカンニングして合格したことがわかっても咎められることはない、ということです。
そして何より、社会の公器としての企業が地域社会から何を望まれているのか、という「規制環境」がどの程度意識されていたのでしょう。日本の環境分野への取り組みは高度成長期後半の公害問題を大きな契機として盛り上がってきました。しかし近年はその時代に汗を流して問題解決に奔走した世代が抜けています。継承されるべきものがしっかりと受け継がれているのでしょうか。

行政の施策、そして…
上述のような法律の不適切な部分を改善すべく、環境省は記録改ざんそのものに対する罰則を設ける方向で動き始めました。環境大臣の諮問機関である中央環境審議会が2009年中に具体的な内容をまとめ、大気汚染防止法と水質汚濁防止法の改正案が国会に提出される見込みです(2009年11月末現在)。
他方、企業やそこで働く職業人にも、自ら意図的な記録改ざんを防ぐ対策が求められます。「規制環境」にあったような、実務基準やベストプラクティス、行動指針や倫理規定を持つことは必要なことでしょう。但し、これまでに不祥事を起こした企業のほとんどにこれらのルールは存在したのではないか、と思うのです。
従って、我々に本当に必要なのは、企業がよき企業市民、隣人として社会の中で生きていくために、或いは自分が隣人に求めることは何だろうか等ということを改めて考え、行動することだろうと思います。そして、いかに素晴らしいルールがあっても、それが飾り物になってしまうような風土、雰囲気そして経営者の姿勢が観察されるような職場が実は相当あるのではないでしょうか。
私は記録情報管理のビジネスに携わってきましたが、日本の企業、官公庁、大学等の記録情報管理がトップマネジメントのレベルで議論されることはまだまだ少ない、と実感しています。訴訟社会に生き残っていくためにも、また一市民として存続していくためにも、正しい記録の保持に真摯に取り組んで頂きたい、と願ってやみません。

『月刊ISOマネジメント』(日刊工業新聞出版社刊)/RMCAリレー連載⑨「企業経営を強化する実践リスクマネジメント講座」/2010年2月号掲載


執筆者:渡邊 健(わたなべ つよし)
 http://records0517.blog9.fc2.com/
 シニアリスクコンサルタント®
 山口大学 産学公連携・イノベーション推進機構 客員研究員
 株式会社データ・キーピング・サービス 執行役員 社長室長
 http://www.dks.co.jp/
 レコード・リスクマネジメント研修コース講師