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9回 最終回

2011年3月11日の東日本大地震の直後に起きた福島第一原発の事故対応について東京電力(以下、東電)の広報対応を振り返ります。 東電の広報部は、報道対応グループの人数配置が多く、経済部記者対応、社会部・科学部記者対応、外国人記者対応などグループ毎に担当が分かれています。この他、インターネット広報、原子力センター、広報業務支援、広報計画グループなどもあり、広報には力を入れていたといえます。危機管理広報についても「広報スポークスパーソン」を設置し、訓練実施による広報対応能力向上に努めていました。これは、2年前の2009年11月28日に私が所属する日本広報学会大会で東電がプレゼンテーションした内容です。また、社長の清水正孝氏は日本広報学会の会長でもあり(事故後、退任)、この任を引き受けている事実からみても広報の重要性を認識していたことは明らかです。にもかかわらず、なぜ、今回の広報対応はうまくいかなかったのでしょうか。

優先順位をつけて行動する
地震発生は、3月11日14時46分。この時福島第一、第二原発は緊急停止。その後、原子炉の非常用冷却機能が喪失し、19時03分に首相による原子力緊急事態宣言発令。21時23分に半径3キロに避難指示後、翌日12日未明の5時44分に半径10キロに避難指示拡大。同日15時36分に1号機原子炉建屋が水素爆発。19時30分に東電が計画停電の可能性を発表。13日、3号機の原子炉圧力を下げるため、放射性物質を外部に放出。20時20分に東電社長が東京本社で初めて記者会見。「想定を超える津波だった」と陳謝。(日経新聞2011年3月27日から抜粋)
社長の行動を辿ってみると、3月11日地震発生時には地方にいました。移動手段が確保できず、東京に戻ったのは翌日の朝。記者会見はさらに1日経った翌日の夜。その後体調を崩して入院。4月に入って退院。4月22日に福島県の知事、避難所を訪問して住民に謝罪。
緊急事態が発生した場合、広報の視点で一番重要なのは、誰を最重要ステークホルダーにするかという点です。東電から見たステークホルダーを洗い出してみると、原発のある地域住民、政府、電力利用をするお客様(一般家庭、企業、病院等)、社員、株主、取引先、
などになります。平時はこれらのステークホルダーとバランスよく関係作りを進めていきますが、ひとたび危機が発生したら、今度は優先順位を決めて対応していかなければなりません。被害者がいれば、被害者救出を最優先にします。この場合の被害者は誰でしょうか。事故を引き起こした原発を抱える地域住民への対応が最重要となります。従って、このような深刻な事態が発生した場合には、トップは真っ先に現地に入り、地域住民に謝罪するのが危機管理広報の基本になります。しかしながら、今回は1ヶ月以上経ってからの訪問と謝罪でした。おそらく頭の中には「自然災害で防ぎようが無かったのだから」という思いがあったため遅くなってしまったのではないでしょうか。
事故の状態説明も本社ではなく、現地の緊急対策本部で一元化して発信すべきですが、今回は福島と東京本社の二元的発信となってしまいました。おそらく相当危険な状態であったか、住民ではなく政府対応を重視したために東京での対応になったのではないかと予測はつきます。現地が危険で行けない状態であるなら、本社に一元化して発信するべきです。3月13日の会見で「会見が遅い」という質問に対し「陣頭指揮をとっていた」との回答でしたが、危険な現地で陣頭指揮を取っていたのであれば、記者も噛み付かなかったのではないかと思います。
私が東電の広報担当者であったらどうするか考えてみました。社長が出張中であれば、本社に急ぎ戻ってもらい、状況確認と政府との方針すり合わせの後、すぐに現地対策本部に行ってもらいます。そこで放射能の恐怖と闘いながら最前線で作業に当たる社員を激励し、その様子もビデオや写真で撮影し、避難所訪問による謝罪の後、記者会見という流れを作り、24時間で実行する目標を立てるでしょう。もちろん、これは理想であって、予定通りにはいかないかもしれませんが、基本的なコミュニケーションの優先順位は明確にしなければなりません。

危機時に逃げ腰の言葉を使わない
今回繰り返し使われた「想定外」という言葉について考えてみましょう。清水社長は「津波対策は土木学会の指針・基準に従って行ってきた」「今回の津波は想定を上回る規模だった」と記者会見で述べています。想定外の津波が原因で原発事故が起きたから天災である、という主張です。私はこれを聞きながら、「あれ?この方は危機管理の意味を知らないのだろうか」と思いました。 本連載の企画主体であるRMCA(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会)では、危機管理について明確に定義しています。「CRISIS(クライシス・危機)」は元々ギリシア語で、「将来を左右する分岐点」という意味。英語では、「不測の事態」などと訳されます。一方「RISK(リスク・危機)」の語源は、フランス語で、「絶壁の間を船で行く」、「自ら覚悟して犯す危険」という意味で、危機を予測し、回避しながら進むことです。つまり、危機管理(クライシスマネジメント)とは、不測の事態、想定外のことが発生した際でも、何とかする(マネイジ)することです。 そもそも「危機的状況」とは、想定外のことが次々と起こる状況のことなのですから。ここで「想定外だった」と言ってしまうことは、「危機管理していませんでした」と公言しているようなものです。さらに、「自分達に責任はない」「仕方ないことだった」「諦め」といった印象を相手に与え、責任回避と受け止められてしまうのです。 この場合には、「津波は想定を超えるものではありましたが、何が起こっても電源を確保する、あるいは電源喪失しても絶対に制御しなければいけないと思っています。現在、私たちの社員は現場で放射能の恐怖と闘いながら作業をしています。そこでは今も想定外のことが次々に起こっていますが、私たちは政府と共に命がけでこれを制御してみせます。」と頼もしくなるような力強い言葉を使うべきでした。このときは日本国中が放射能の恐怖に包まれていましたが、自分達ではどうすることもできないもどかしさもありました。放射能は見えない、現場の様子もわからない、誰が何をしているのかわからない、東電の作業社員も逃げているという噂も流れていました。誰かが制御に行かなくてはならない中、ここでは希望の光が必要だったのです。現に自衛隊が空から放水する、消防隊が放水する様子が流れることで空気が変化していきました。 報道はしばしば失言をあげつらった揚足取りになってしまうことがあるのは確かですが、追い詰められたときに発した一言は案外本人の本音であることも多いのです。組織のトップたるもの危機的状況においても、一言の持つ重みを感じながら、毅然として守るべきものをしっかり見据えてメッセージを発信するべきです。 このように一連の動きをみると、優先順位を明確にしたメッセージ構築力の不足が浮かび上がります。緊急時のコミュニケーションは決して受け身になってはいけません。一般的には、危機対応は「受けの広報」宣伝は「攻めの広報」と言われていますが、私はこれに反対で、危機時こそ「攻めの広報」、つまり積極的かつ力強い能動的な広報が必要であるというのが私の信条です。   

 

『月刊ISOマネジメント』(日刊工業新聞出版社刊)/RMCAリレー連載「企業経営を強化する 実践リスクマネジメント講座」/2011年9月号掲載


執筆者:石川慶子(いしかわけいこ)
 広報コンサルタント/RMCA-J®上級リスクコンサルタント
 有限会社シン 取締役社長
 http://ishikawakeiko.jp
 TEL.03-5315-7534 FAX.03-5315-7535 press@777.nifty.jp
 レピュテーション・リスクマネジメント研修コース講師