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  1. 普遍的リスク対策 乙守栄一
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第68回 無思考化した人々の引き起こす巨大連鎖リスクへの対策

一時、いじめによる特集が組まれていたテレビ番組を見たことがあります。某政令市の小学校教員同士でハラスメントが行なわれていることへの特集でした。ベテラン教員陣が若い男性教員への執拗な嫌がらせを繰り返し、当時大きな社会問題となっていました。

集団化した中で、集団にて意図しない動きのメンバーにハラスメントをし続ける、いわば弱い者いじめです。この背景を見たときに、当然加害者の中心人物とそれに加担する人物がいるわけですが、悪意に満ちたこの集団も一旦、その場を離れると普通の人間として挙動しています。何の理屈、理論でも説明できないこの変わり様。この同学年の教員集団という一種独特な雰囲気を作り出す元凶こそ、本日のキーワードである「無思考」という言葉に代表されるものです。

根はいい人なんだけれども、というフレーズも耳にすることもあります。“いい人”というフレーズも時によっては“都合のいい人”に変貌してしまう危険因子も孕んでいます。その根底は、ノンポリシーな人とでも置き換えられます。廻りに合わせることばかりを重要視する、そういう要素も持ち合わせています。裏を返せば、都合が悪くなれば他人のせいにすることを平気で行なう人たちです。道理としての良い悪いの判断とは関係なく向きをコロコロ変える風見鶏です。

高々数人の集団でさえ、このような一人の人間を徹底して精神的に追い込んでしまうことが出来てしまいます。こういった「無思考」な人たちが数千、数万、数十万と膨れ上がっていったと考えた場合、どのようなことが起きるでしょうか?

理屈では説明できない、世論を形成してしまう巨大勢力になってしまうということです。テレビや新聞社、これらメディアの存在がある一方向への偏向報道を繰り返し行なおうものなら、そこに靡く無思考化した人々は徒党を組んで事を起こすこともあるでしょう。

A社が言っているから安心して大丈夫と言える、テレビでよく見かけるBさんが言うことだからまず間違いない、という何の根拠もない判断軸であっちにブレ、こっちにブレを繰り返している間に、あるノンポリシーな発言者が担ぎ上げられます。その人が発する一言ひとことを自然発生的な集団が独りよがりに神格化してしまうことで、全体の方向を危うい箇所に導いてしまい、結局は身を亡ぼす結果に繋げてしまいます。

本来は他人の意見のはずなのに、自分自身の意見として上書きされてしまっている状態。主体性のない人の発言フレーズによくあるのが、Cさんのいう通り、とおうむ返しに言うパターンです。思考回路の真っ当な人であれば、「Cさんのいう通り、基本線は同じであるが、それに付け加えて言うならば私はこういう観点でその意見に同調したんだ。」という後付けの理由が付いてくるはずです。10人居れば10通りの背景の異なる回答があるはずですので。

思考の筋がきっちり備わっているか?なぜを5回、10回繰り返し、その中で浮き彫りになってくる本質。ここに気づく道程を経た人がどの程度存在するかが大きなポイントとなります。イシューとも言われる物事の本質。“どのように”ではなく、まずは“何を”です。このターゲットとなる本質がわからないまま、物事の判断を進めると自分自身のベクトルを誤った方向に導いてしまうことになりかねません。したがって、無思考化した人々からの巨大連鎖リスク対策は、如何にして自分を見失わないか、本質をきっちり見極める、そこがポイントとなります。漫然と流されて生きていると、巨大な無思考化した人たちのとめどない波に呑み込まれてしまいます。推論とも言うべき工程、皆さんは日頃からどのように訓練されていますか?人がヒトらしく生きるためにも、このプロセスは生涯欠かせないものではないでしょうか。

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