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  1. 普遍的リスク対策 乙守栄一
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第121回 BCPは「計画」ではなく「生き物」である

―― 防災でも文書作成でもない、経営の中核としてのBCP ――
昨今、BCPネタのお仕事をいただくことが増えてきた。
その名も事業継続計画。いまや誰もが一度は耳にしたことのある言葉である。
私自身、BCPを正面からテーマとして本コラムで取り上げるのは、実は今回が初めてである。ただし、よくある解説や制度論をなぞるつもりはない。本稿が、BCPに対する見方をほんの少し変えるきっかけになればと考えている。
その視点とは、こうである。
「BCPは生き物である。」
リスクマネジメントとは、単なる防災対策でも、現場任せの危機対応でもない。ERM(Enterprise Risk Management)の文脈では、数多く存在するリスクの中から「何を経営課題として据えるのか」「どの価値を死守するのか」を、事業構造や外部環境を踏まえて選び取る営みである。その中核にあるのがBCPであり、軽い気持ちで「作るもの」ではない。

まず、よくある誤解に触れておきたい。
「防災訓練をやっているから、BCPは整っている」という認識である。
防災訓練は重要である。しかしそれは、被害を最小化する取り組みであって、「事業をどう立て直すか」を決めるBCPとは別物だ。避難経路を知っていても、どの事業を止め、どの業務を最優先で復旧させるのかを即断できなければ、それはBCPとは呼べない。防災とBCPを同じ棚に並べている組織ほど、有事の初動を誤る。
次に、もう一つ重要な認識違いがある。
それは、BCPを「行動手順書」だと思い込んでいることである。
BCPとは、具体的な作業手順の束ではない。
いざというときに判断を揃えるための“共通の軸”を定めた文書である。
誰が最終判断を下すのか。

何を基準に優先順位を決めるのか。
どの情報を最優先で集めるのか。
これらが定義されているからこそ、混乱の中でも行動が揃う。BCPの本質は「思考のガイドライン」にある。この軸があるだけで、有事の初動は驚くほどスムーズになる。逆に言えば、読まれず理解されていないBCPは、存在しないのと同じである。
さらに見逃されがちなのが、危機発生後の“再建設計書”としてのBCPという視点である。
BCPは「その瞬間をどうしのぐか」を書くものではない。
本来は、「いつまでに、何を、どこまで回復させるか」を定めておくための計画である。
代替拠点はいつ立ち上がるのか。
基幹システムは何日で復旧させるのか。
取引先への説明は何時間以内か。
人員の再配置は何日で完了させるのか。
これが整理されていないBCPは、単なる非常時マニュアルであり、「事業継続計画」とは言えない。BCPとは、“対応集”ではなく“工程表”である。
では、なぜ多くのBCPは機能しないのか。
答えは明確である。
BCPが「作ったら終わり」になっているからだ。作って満足してしまっているところに要因がある。多くの企業では、BCPがPDCAの枠内で処理されている。しかし、ISO31000が示すリスクマネジメントの本質は、単なる改善活動ではない。
環境の変化を監視し、経営が関与し続けること。
これこそが核心である。
事業環境が変わっていないか。
人材構成は変わっていないか。
委託先は変わっていないか。
社会情勢は変わっていないか。
これらを見ずに「年に一回見直しました」で済ませるBCPが、危機のときに機能するはずがない。経営が関与しないBCPは、現場任せの規程集に堕する。
BCPは、現場に丸投げした瞬間に死ぬ。
経営が関与しないBCPは、経営の道具にならない。
BCPは「作成物」ではない。
BCPは「経営文化」である。
強い企業は、BCPを守ってはいない。育てている。
弱い企業は、BCPに守られている“つもり”でいる。
BCPが動かない組織は、危機に弱い。
BCPが動いている組織は、危機に強い。
その違いは、計画か、生き物か。
――ただ、それだけの違いである。
では、ここでひとつ、問いを投げかけたい。
貴社のBCPは、
「棚に並んだ資料」だろうか。
それとも、
「経営を動かす生き物」だろうか。
そのBCPは、
現場の判断を助ける“軸”になっているだろうか。
危機発生時に、誰が、何を基準に意思決定するのか、
即答できる状態にあるだろうか。
訓練は、予定通り“消化”しているだけになっていないだろうか。
訓練の結果を、経営が正面から受け止め、
「どこを、いつまでに、どう直すのか」
という議論にまで踏み込めているだろうか。
そして何より、経営陣は——
BCPを「承認する対象」としてではなく、
「使う道具」として扱っているだろうか。
もし、これらの問いに一つでも即答できないのであれば、
そのBCPは、まだ“生きている”とは言えない。
BCPは、守るものではない。
育てるものである。

そして、育てようとした瞬間から、
BCPは初めて、組織の「力」になる。
貴社のBCPは、
今日、この瞬間も——
生きているだろうか。

㈱シー・クレド
代表取締役 乙守 栄一

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