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  1. 普遍的リスク対策 乙守栄一
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第124回 現代版神隠し ― 甘い夢と情報の異界

神隠しという言葉には、日本人の深層に横たわる感覚がある。
ある日、忽然と消える。戻ってきたとき、本人にとっては一夜の出来事。
しかし周囲の時間は容赦なく進んでいる。そこには必ず「時間の断絶」がある。

浦島太郎は竜宮城で歓待を受けた。豪奢な宴、優しい言葉、美しい世界。
だが地上では歳月が流れ、故郷は消え去っていた。
天狗にさらわれた少年は異界を見たという。狐は人を惑わし、同じ道を巡らせる。
鬼は恐怖を媒介に理性を奪う。
これらは単なる怪異譚ではない。共通する構造は「現実認識の剥奪」にある。

神隠しとは身体の移動ではない。「意識の移送」である。
異界にいる間、本人はそれを異界と気づかない。むしろ心地よい。刺激的で、選ばれた感覚すらある。
昭和後期、日本列島を覆った都市伝説があった。
マスク姿の女が現れ、「私、きれい?」と問う。口裂け女である。
実在の有無は本質ではない。
重要なのは、噂が瞬時に拡散し、恐怖が共有され、社会全体が一つの物語に包まれた事実である。
情報が先に走り、実体は後から意味づけられる。
ここに「共同幻想」の構造がある。

人は単独ではなく、集団で物語に取り込まれる。噂は連鎖し、確証なきまま確信へと変わる。
その速度が加速したとき、社会は一夜にして別の空気をまとう。
現代はその増幅装置を手に入れた。
異界は山奥に存在しない。竜宮城は海底にない。鬼ヶ島は遠島ではない。
ポケットの中の端末が、常に異界への入口である。

アルゴリズムは関心を学習し、怒りを強化し、共感を増幅し、対立を鮮明にする。

「賛成か、反対か」「味方か、敵か」「正義か、悪か」

設問は二択へと単純化される。だが真に問うべきは、その設問自体が設計されている点にある。
口裂け女の問いも同じだ。「私、きれい?」
YesでもNoでも、すでに物語の内部に組み込まれる。問いの外に立つ自由は、意識しなければ存在しない。

現代版神隠しの恐ろしさは、「思考しているつもり」で反応している状態にある。
通知音が鳴る。見出しが刺激する。怒りが即座に共有される。
時間は細切れに奪われる。集中は分断される。深い思考は削られる。
浦島の竜宮城が時間を奪ったように、現代の異界は注意力と熟慮を奪う。
そして玉手箱を開ける瞬間が来る。
信頼が失われ、関係が断絶し、自らの判断基準が曖昧になっていることに気づく。

自分の言葉だと思っていたものが借り物であり、
自分の怒りだと思っていたものが演出された感情であったと知る。

神隠しは劇的ではない。静かに進行する。
快適で、刺激的で、しかも無料である。
狐は巧妙に、天狗は高慢に、鬼は恐怖を媒介に、そして現代の口裂け女は拡散の速度で人を囲む。
我々は自ら歩いて異界に入る。

では帰還の術は何か。
それは大声で主張することではない。流れに逆らうことでもない。
速度を落とし、問いを疑い、そして設問の外に立つ勇気を持つことである。
「誰がこの構図を設計しているのか」
「なぜ自分は今、感情を動かされているのか」
「この情報は自分の時間を奪っていないか」
立ち止まることは、異界への招待状を破る行為である。
確たる自分とは、固定的な思想ではない。問い続ける姿勢である。
流れに触れながら、流されない芯。共感しながら、同化しない距離。

神隠しは神の仕業ではない。自分を預けた瞬間から始まる。
山の奥でも海底でもない。画面の向こうに、常に異界は開いている。
甘い夢を夢と知りながら見る覚悟。情報を浴びながら、主体を手放さない意志。
それを失ったとき、人は静かに消える。

神隠しは昔話ではない。媒体を変え、速度を変え、今も進行している現象である。
そして帰還条件はただ一つ。
「私は何者か」を問い続けること。
主体を希薄化させないこと。
それが、現代を生きる我々に課せられた唯一の帰還の術なのである。

そしてもう一つ、忘れてはならない視点がある。
日本人の精神の底流にある「無常観」である。
すべては移ろう。熱狂も、怒りも、流行も、正義も、やがて消える。
にもかかわらず、人はその瞬間の空気を永遠のものと錯覚する。そこに神隠しの入口がある。
無常を知りながら、無常を忘れる。この矛盾が、人を物語へと引き寄せる。

第二に、「依存構造」である。
現代の異界は、偶然ではなく設計されている。
注意を奪い、滞在時間を伸ばし、感情を揺らし続けることで成立する経済圏。
我々は消費者であると同時に、資源でもある。
怒りも共感も、アルゴリズムにとってはデータに過ぎない。
依存は、快適さの裏側に静かに形成される。気づかぬうちに、判断を外部に委ねる構造が出来上がる。

そして最後に、「時間資本」である。
人生において最も不可逆な資産は時間である。金銭は取り戻せる。信用も再構築できる場合がある。
だが、費やした時間は戻らない。
神隠しの本質は、時間の収奪にある。
浦島太郎が失ったのは故郷ではない。時間である。
現代版神隠しも同様だ。
一瞬の刺激の積み重ねが、思索の時間を削り、熟慮の時間を奪い、自らを耕す時間を静かに奪っていく。
無常を自覚し、依存構造を見抜き、時間資本を守る。

この三点を意識できる者だけが、異界から距離を取ることができる。
神隠しは避けられない現象ではない。構造を理解すれば、距離を保つことはできる。
甘い夢を夢と知りながら見る覚悟。流れに触れながら、流されない芯。
それを持つ者だけが、玉手箱を開けずに済む。
神隠しの時代を生きるとは、主体を手放さぬ覚悟を持つことに他ならない。

㈱シー・クレド
代表取締役 乙守 栄一

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