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  1. 産業法務の視点から 平川博
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第64回 万引き大国の汚名

産業法務の視点から
平 川  博

1. 統計資料

(1)2010年
㈲城取フードサービス研究所HPの「研究」というカテ中、「19『日本の万引き金額』」を左クリックすると「日本の万引き犯罪を考える」と題する文書が開きます。この文書では、アメリカ・チェックポイントシステズがまとめた2010年度の世界の小売業の盗難被害や廃棄などのロス金額に関する調査の結果が、以下のように紹介されています。


日本におけるロスは顧客による万引きが最も大きく、54億2500万ドル(4799億4975万円)と58.5%を占めました。そのうち従業員の不正による盗難が18.9%ありました。
なんと従業員による不正が20%近くあることは驚かされる。大手小売業では従業員出入口の私物検査を厳しく行い始めた。
また、従業員の中には「犯罪を犯罪」と思っていない者もいます。「試食」と称して惣菜の従業員が、店の商品を平気で昼に食べているケースもいまだに存在している企業(店)もあります。実に残念なことです。…(中略)…
高齢者と若者の万引きが目立つ。 原因は、勿論店の警備の甘さもありますが、それ以前に「物的貧しさ」「心の貧しさ」が原因であるように思います。…(中略)…。
若者は、万引きが「窃盗罪」という認識の欠如、集団意識で軽い気持ちで犯罪 を起こしています。これは、ゲートやタグを付けるなりして、万引きは犯罪であると厳しく認識させなければなりません。 その他、万引きの理由を聞くと「親にかまって欲しかった」という若者もいます。 高齢者や若者は、「自分の存在の主張」「 悪いことをすれば注目してくれる」などの「子供返り」があるように思われます。会話もなく、世の中でも相手にされていないという孤独感を持つ、高齢者や若者が注目されたい。「家族に相手にしてほしい」と思う意識から発生していることもあります。


(https://www.shirotori-f.com/research/data/19shoplift.pdf)

(2)2008年~2017年
平成30年警察白書 統計資料』 の[特集関連]の内、「特-11 万引きの認知・検挙状況の推移(平成20~29年)」と題する資料では、下表が掲載されています。
(https://www.npa.go.jp/hakusyo/h30/data.html)
この統計資料だけでなく、過去のデータや総務省統計局のデータ等を合わせて、ガベージニュースというサイトの「未成年者と高齢者の万引き推移をグラフ化してみる(最新)」(2019/10/17 05:08掲載)と題する記事では、以下のように記載されています。



2018年の未成年者における万引きによる検挙人数は6449人、高齢者は2万4348人。手元にあるデータ(1998年以降)においては、2008年、そして2011年以降は連続しており2018年まで合わせて9回目の「高齢者の万引き検挙者数が未成年者以上」の状態。未成年者の減少、高齢者の増加といった人口そのものの増減、そして未成年者の行動性向の変化も一因だが、留意すべき動きには違いない。…(中略)…

高齢者は微増から横ばい。直近数年間でようやくゆるやかながらも下落傾向を見せ始めた感はある。他方未成年者はイレギュラー的な動きもあるが、大きな流れとしては減少。このままならもう数年で、未成年者の値は全体値と変わらない水準にまで達するかもしれない。…(中略)…
なお高齢者の万引きに関しては、対象が食料品であるケースが件数・比率的に多い。このことから「高齢者は貧困により万引きをしてしまう」との解説が見受けられる。



理由の一つとしては確かにその通りではあるのだが、高齢者の行動性向(行動全体に占める日常生活に欠かせない食品の調達の機会比率が高い)や、他の各種調査(例えば【法務省の平成26年版 犯罪白書の特別調査「前科のない万引き事犯者の実態と再犯状況」】)を見るに、そのように簡単に説明できる類のものではないのも事実ではある。


(http://www.garbagenews.net/archives/2064626.html)

2.万引き依存症

「弁護士ドットコム」というサイトの「盗むのをやめられない『万引き依存症』 『運が悪かったから捕まった』と認知が歪むまで」(2018年09月15日09時30分配信)と題するニュース記事では、以下のように記載されています。


クレプトマニア(窃盗症)という言葉を知っていますか。万引きをやめたくてもやめられずに繰り返してしまうという精神疾患の一つです。…(中略)…

どうして万引きを繰り返してしまうのでしょうか。9月12日に「万引き依存症」(イースト・プレス)を出版した精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏(大森榎本クリニック)は「現代人が抱える様々なストレスが関係している」と現代病であることを指摘します。斉藤氏に話を聞きました。(編集部・出口絢)…(中略)…

転売を見込んだような職業窃盗犯や貧困による万引きをのぞき、万引きが常習化している人を大きく分類すると、(1)摂食障害の周辺症状として万引きを繰り返す人、(2)高齢者で、認知症が疑われる人、(3)万引き行為そのものに依存している人、の3つになります。

当クリニックは依存症を専門としているので、通院している人の多くが(3)の万引き行為に依存している人たちです。

  • 万引き行為に「家族との関係」が影響?…(中略)…クリニックに通う女性の万引き依存症者の中には、家族との人間関係が影響している人が多くいました。職場や家庭で担う役割などが過度なストレスになり、万引き行為が始まって行くのです。…(中略)…

「節約」というのは、女性の万引き依存症者に見られる代表的な動機のひとつです。平成26年版犯罪白書で、前科のない万引き事犯者の動機をみると、男性は全ての年代で「自己使用・費消目的」が1位なのに対して、女性は29歳以下をのぞく全ての年代で「節約」が1位となっています。…(中略)…

  • 依存症は「環境への適応行動」
    依存症というのは、環境への適応行動です。万引きは、ストレスの発散や対処行動と考えられます。盗む前の緊張感(スリル)や「レジに並ばなくていい」という優越感、「得した」という達成感。どれも日常では味わえない感覚です。

万引き依存症者の中には「たいしたものを盗っていないんですけどね」と万引き行為を軽視し、「運が悪かったから捕まった」と話す人が多くいます。こうして自分のなかでバランス取ることで、罪悪感もなくなっていき、認知が歪んで行くのです。…(中略)…

万引き行為は立派な犯罪ですが、軽く見られがちです。有名人や公務員が逮捕されたときくらいしか、大々的に報道されません。


(https://www.bengo4.com/c_1009/n_8525/)

3.東京万引き防止官民合同会議
(1)発足

日経メッセというサイトの「SECURITY SHOW」というカテ中、「セキュリティ産業新聞」という連載コラムの「全国初『万引き防止官民合同会議』」(2009年12月14日掲載)と題する記事では、以下のように報じられています。


万引きを撲滅することで”安全・安心な街、東京”の実現を目指した、全国初となる、警視庁、都をはじめ、日本チェーンドラッグストア協会など業界団体17団体、及びNPO法人全国万引犯罪防止機構など関係団体18団体で組織する、「東京万引き防止官民合同会議」の初会合が12月2日、警視庁大会議室に警視庁、都関係者をはじめ、業界団体関係者らが多数出席して開催された。…(中略)…

米村敏朗警視総監が「平成19年から組織の総力を挙げた犯罪抑止などを積極的に取り組んできた結果、昨年実績で刑法犯認知件数は21万2000件と、昭和40~49年年平均(21万2800件)と匹敵する、ほぼ昭和40年代の水準に抑えることができました。しかし、万引きは年間1万8000件前後と高止まりで推移しており、犯罪全体に占める割合は著しい増加傾向を示しています。少年のみならず、成人、高齢者による犯行が増え、経済的損失は深刻な状況にあります。少年によるゲーム感覚のほか、高齢者による孤独感や生きがい喪失などで繰り返す実態も浮き彫りになっており、この先、東京治安を考えると見逃すことはできなく、重点的に取り組む課題と言えます。このため、万引き対策を社会総ぐるみで取り組むに当たり、都、業界団体らにご理解いただき、合同会議を発足するに至りました。

たかが万引き、という意識を払しょくし、”しない・させない・見逃さない”社会環境の構築を目指し、とりわけ、万引き犯罪の全件届け入れの徹底を図るなど、二度とさせない施策も講じていきたいと思います」と挨拶。


(https://messe.nikkei.co.jp/ss/column/security-paper/47918.html)

(2)万引き防止活動
➀万引き防止連絡会
警視庁HPの「万引き防止連絡会の取組と活動状況」と題するウェブページでは、以下のように記載されています。


■「万引き防止連絡会」について
警視庁では、各警察署に万引き防止活動の情報交換や地域から万引きをなくす地域一体型の活動を推進するため小売店舗、学校、地域住民、ボランティア、自治体等を構成員とした「万引き防止連絡会」を設置しています。

■万引き防止連絡会の取組
万引き防止連絡会では、万引きを根絶させるため「規範意識の向上」と「地域社会の絆の再生」に向け、地域総ぐるみで万引きをさせない社会環境づくりに取り組んでいます。

〈主な取組と活動〉
定例連絡会議 防犯講話・講座 広報啓発活動(キャンペーン等)
モデル店舗認定制度 万引き防止パトロール(店舗警戒活動) 防犯診断


(https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kurashi/drug/manbiki/m_report.html)

②挨拶・声掛け推進
警視庁HPの「「挨拶・声掛け」から始める万引き未然防止対策」と題するウェブページでは、「買い物コンシェルジュの活動」という見出しの下に、以下のように記載されています。


万引き被疑者への「挨拶・声掛け」が有効であることを実証するため、食品スーパーにおいて、大学生ボランティアによる買い物コンシェルジュ活動(挨拶・声掛け、買い物支援)を実施しました。その結果、商品欠品率の減少や店舗全体の売上げが向上する等の成果が得られ、挨拶・声掛けの有効性が実証されました。


(https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kurashi/drug/manbiki/mizenboushi.html)

4.日本万引防止システム協会

(1)設立の趣旨
平成14年6月3日に設立された日本万引防止システム協会HPの「組織紹介」と題するウェブページでは、「設立趣旨」という見出しの下に、以下のように記載されています。


近年、わが国でも小売り・サービス業店頭における窃盗犯罪発生件数の増加と悪質化、組織化等を背景として、流通業における商品管理・ロス管理への意識はかつてないほど高まっており、これを防止・抑制するための有力な手法として万引防止システムの導入が急速に進んでいます。

しかしながら万引防止システムは、単に流通業のための省力化設備であるに留まらず、商品ロスがもたらす価格アップの防止、開放的で楽しい商品陳列への貢献、さらには、特に青少年の犯罪防止等、産業的・社会的貢献度の高い機器ということができます。

日本万引防止システム協会は、業界内外関係者の長年の要望にこたえる形で設立されました。

今後、万引防止システム市場の円滑な拡大と発展を支えるための仕組みや制度づくり、万引防止システム普及のための調査研究、行政機関、各種団体、報道機関との連絡・調整等、活発な活動を繰り広げております。


(https://www.jeas.gr.jp/intro02.html)

(2)事業活動
日本万引防止システム協会HPの「事業活動」と題するウェブページでは、箇条書きで以下のように記載されています。


  1. 万引防止システム・機器の普及促進活動
  2. ユーザー団体(小売業・レンタルショップ・図書館・空港施設等)との連携
  3. 関連行政機関(経済産業省・警察庁・厚生労働省・総務省等)、地方自治体等との連携
  4. 諸団体・研究会等との連携(一般社団法人日本不整脈デバイス工業会、消費者団体等)
  5. 海外との連携(米国ソースタギング協議会等)
  6. 報道機関・一般消費者等への対応
  7. 調査研究(万引防止システム導入実態調査、各種ガイドラインの作成等)
  8. 普及啓発活動(EAS機器導入店表示ステッカー、パンフレット・マニュアルの作成・配布、セミナー・説明会の開催等)

(https://www.jeas.gr.jp/intro.html)

5.結語

万引きは犯罪(窃盗)ですが、クレプトマニア(窃盗症)の場合は、刑罰よりも治療が適しているように思われます。また、欲求不満や孤独感からの解放を求めて万引き行為をする青少年や高齢者の場合は、教育と福祉という観点から、刑罰や治療ではなく、居心地の良い生活環境を築くことが望ましいでしょう。警察や業界団体が防犯に取り組むことは当然のことですが、万引きの多様性に着眼して、類型ごとに対策の最適化を図ることを提言します。

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