(本連載は、『フジサンケイ広報フォーラム』会報No.320に掲載された記事を転載したものです。)
20数年前、ある会合で「名前もラベルも味も変えたから」と盛んに新製品の缶ビールの試飲を勧める広報マンに出会った。当時課長だったアサヒビールの泉谷直木さんだ。その時の熱心なPRぶりに同じ広報担当として大いに刺激を受けた。
現在はアサヒグループホールディングス社長の泉谷さん、今年の『企業広報賞』(経済広報センター)で「企業広報経営者賞」に輝いた。受賞理由は“積極的にトップ広報を推進”。広報の現場が長かった泉谷さんだけに開放的な同社の企業風土を一段と押し上げたのは間違いない。
俗に“社長は最大の広報部長”と言われる。多くのステークホルダーに支えられている企業にとって、社会との良好な関係づくりは必須。トップ自身が例え厳しい局面でも情報開示に前向きであってこそ、社会の理解や信頼を得られる道理。
とはいえ、“言うは易く行うは難し”。広報意識の高揚に尽力するか否かはトップの胸三寸。情報提供に積極的と評判だった企業がトップ交代の途端に新社長の“マスコミ嫌い”が高じて全社でメディアを遠ざけてしまった例もある。得てしてこんな時に思いがけず事件・事故、不祥事に巻き込まれるもの。メディア離れが事態を一層悪化させる火種ともなる。
危機に直面した時、先ずは透明性のある企業という姿勢を世間に示すことが重要だが、トップが先頭に立ってこそ可能だ。逃げたり、ごまかしたりすると実態以上に悪く報道され、企業イメージを損なうばかりか命運さえ危うくしかねない。
さりとて、突然説明責任の矢面に立たされると尻込みしたくなるのも人情。普段なら失敗しないことも、有事に際しては冷静さを欠き取り返しのつかない言動で窮地に追い込まれてしまう場合もある。
痛い目に遭ってからでは遅い。情報参謀たる企業広報としては、いざという時墓穴を掘らないように平時から危機管理広報への備えを固めなければならない。間違っても有事に“マスコミを敵に回す”愚を犯さぬよう、トップや役員に繰り返し進言する手間隙を惜しんではならない。
執筆者:風間 眞一(かざま しんいち)
広報アドバイザー 1973年日本信販(現三菱UFJニコス)入社。
広報部長などを経て2009年退社。広報業務に18年携わる。07年
経済広報センター第23回企業広報功労・奨励賞受賞。
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