リスク政策
千葉科学大学危機管理学部 藤本一雄氏
令和元年の首都圏(特に千葉県)は、台風15号、19号、21号により甚大な被害を受けた。以下では、それぞれの台風によって、千葉県内でどのような被害が生じたのかを振り返った上で、令和2年の台風において首都圏が注意すべきことについて私見を述べたい。
【台風15号】
台風15号は2019年8月30日に発生し、9月9日3時前に神奈川県三浦半島を通過し、その後、東京湾に抜けて北東に進み、9日5時前に千葉市付近に上陸した(中心気圧960hPa)。最大瞬間風速は、千葉市中央区57.5m、木更津市49m、成田空港45.8mなどであった。
台風15号による人的被害は死者0人、重傷者7人、軽傷者75人であり、建物被害は全壊294棟、半壊3,274棟、一部損壊56,543棟、床上浸水37棟、床下浸水65棟であった(文献1)。また、特徴的な被害・影響としては、
・暴風による広域・多数の建物被害(一部損壊)(図1及び写真1参照)
・送電線鉄塔の倒壊(君津市)、ゴルフ練習場鉄柱の倒壊(市原市)
・県内全域で多数の倒木(原因は溝腐病か?)
・広域・長期にわたる停電(ピーク時には県内の約64万軒が停電。1万6千人態勢での復旧作業を行うが、解消まで約15日を要し、その後も「隠れ停電」が問題化)
・首都圏の鉄道の計画運休(昨秋の台風以来、約1年ぶり2回目)
・県内54市町村のうち、41市町村(25市15町1村)に災害救助法が適用
・一部損壊の住宅に対しても補助(国の「防災・安全交付金」を活用)
台風15号による千葉県内の被害は、暴風による建物被害(屋根等の被害)がほとんどであり、人的被害は生じなかった。また、広域・長期にわたる停電・断水が問題化した。
【台風19号】
台風19号は、10月12日19時前に静岡県伊豆半島に上陸した。上陸直前の中心気圧は955hPaであり、その後、関東地方と福島県を縦断した。台風の接近に伴い、大雨特別警報が1都12県(静岡県、神奈川県、東京都、埼玉県、群馬県、山梨県、長野県、茨城県、栃木県、新潟県、福島県、宮城県、岩手県)に発表されたが、千葉県には発表されなかった。総降水量(10月10日~13日)は、神奈川県箱根で1000mmに達し、東日本を中心に17地点で500mmを超えた。
台風19号による人的被害は死者1人、重傷者1人、軽傷者23人であり、建物被害は全壊14棟、半壊65棟、一部損壊1,467棟、床上浸水25棟、床下浸水69棟であった(文献1)。また、特徴的な被害・影響としては、
- 竜巻と推定される突風(風速約55mと推定)により車が横転して男性1人が死亡(市原市)、建物被害(全壊、半壊)の9割が市原市で発生
- 利根川の増水により最下流の銚子市で浸水被害(床上・床下浸水のすべてが銚子市で発生)(写真2参照)
- 亀山ダム(君津市)と高滝ダム(市原市)から緊急放流(異常洪水時防災操作)の可能性があったが、実施されず
台風19号による千葉県内の被害としては、竜巻による人的被害(死者1人)、利根川の増水に伴う浸水被害(銚子市)が見られたものの、大雨特別警報が発表された他の都県の被害に比べると少なかった。
【台風21号に伴う10月25日大雨】
四国沖から北東へ進んだ低気圧と、関東の南東海上を北上した強い台風21号の影響により、10月25日、千葉県に大雨をもたらした。この大雨による人的被害は死者11人、重傷者1人、軽傷者3人であり、建物被害は全壊10棟、半壊15棟、一部損壊67棟、床上浸水1,379棟、床下浸水1,279棟であった(文献2)。また、特徴的な被害・影響としては、
・河川氾濫による多数の床上・床下浸水(茂原市、長柄町、長南町、大網白里市、山武市など)(写真3参照)
・車両ごと河川に流される、冠水した道路での車両の水没による死者4人(長柄町、長南町)
・土砂災害警戒区域指定外での土砂崩れによる死者4人(千葉市緑区、市原市)
台風21号に伴う10月25日の大雨による千葉県内での被害の特徴としては、台風15号や19号では犠牲者が少なかった(台風15号:0人、台風19号:1人)のに対して、水害・土砂崩れによる人的被害(死者11人)が生じたことが挙げられる。
【注意すべき事項】
以上、令和元年に千葉県を襲った一連の台風による被害等を概観したところ、暴風による建物被害(台風15号)、竜巻による人的・建物被害(台風19号)、河川氾濫による人的・建物被害(台風21号に伴う10月25日の大雨)などが確認された。これらの災害(暴風、竜巻、河川氾濫)については、今後の台風でも引き続き注意を払うべきことは当然のこととして、その他の災害に関して千葉県を含む首都圏が注意すべき事項について述べたい。
- 土砂災害
今回の一連の台風による千葉県内のがけ崩れは、台風15号で3箇所、台風19号は0箇所、台風21号は12箇所と比較的少なかった。ところが、昭和46年9月に千葉県を襲った台風25号(死者56人)では、がけ崩れの総数7,760箇所で、そのうち682箇所のがけ崩れが家屋等に被害を与えた(文献3)。
現在、土砂災害防止法に基づく土砂災害警戒区域等の指定率は、全国平均の約84%に対して、千葉県は約33%にとどまっている(千葉県を除く関東1都6県の指定率は約88%~100%)。このため、土砂災害警戒区域(イエローゾーン)及び土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)の指定を進めることが重要ではあるが、警戒区域等の指定率が高くなったからといって、その都県の土砂災害のリスクが低くなる(安全になる)わけではない。平成30年7月豪雨(西日本豪雨)では、土砂災害による死者107名(49箇所)のうち、94名(42箇所)は土砂災害警戒区域内等で被災していた(文献4)。
したがって、警戒区域の指定を進めるだけでなく、台風襲来時などの大雨の際には土砂災害が発生するリスクがあることを、当該区域の住民に周知する活動も併せて行っていくことが必要である。
- 高潮災害
高潮とは、台風や発達した低気圧などに伴い、気圧が下がり海面が吸い上げられる効果(1hPaの気圧低下で1cm海面上昇)と強風により海水が海岸に吹き寄せられる効果によって、海面が異常に上昇する現象のことである。台風19号の接近時には、中心気圧も低く(955hPa)、かつ、満潮(地球の自転の影響により海面が最も高くなる状態)や大潮(月と太陽の引力に応じて起こる潮の干満の中で最も干満差が大きい状態)のタイミングと重なる可能性があったため、高潮の被害が予想されたものの、結果的に大きな被害には至らなかった。
最近の高潮災害としては、平成30年(2018年)台風21号に伴う高潮による関西国際空港の滑走路の冠水、ターミナルビルの浸水が記憶に新しい。また、過去に関東地方を襲った高潮災害としては、「大正6年の大津波」の名で伝えられる1917年10月1日に関東地方を縦断した台風(最低気圧約950hPa)に伴う高潮が挙げられる。このときの被害は、死者・行方不明1,324人、全壊36,459戸、半壊21,274戸、浸水302,917戸であり、千葉県では、浦安町(現浦安市)、行徳町・南行徳村(現市川市)、船橋町(現船橋市)などで甚大な被害が生じた(文献5)。これらのような高潮による直接的な被害(浸水・冠水による人的・建物被害)に加えて、間接的な被害として、高潮によって海水面が上昇すると、河川の水が流れにくくなり、バックウォーター現象によって市街地での内水氾濫による被害も懸念される。
関東地方を襲った「大正6年の大津波」からは100年以上が経過しており、首都圏在住の住民の中で、高潮災害の猛威に対する認識が低下・欠如していることが懸念される。したがって、高潮災害に関する防災知識の普及・啓発を進めていくことが必要と考える。
- 緊急放流に伴う洪水
緊急放流とは、ダムの水位が限界に近付いた場合に、ダム上流側への流入量と同じ量を放流するものである。台風19号では、千葉県内の亀山ダム(君津市)と高滝ダム(市原市)において緊急放流(異常洪水時防災操作)を行う可能性が発表されたものの、その後、ダムの水位上昇が収まったため、緊急放流は見送られた。その他の関東地方では、城山ダム(神奈川県)、竜神ダム・水沼ダム(茨城県)、塩原ダム(栃木県)で緊急放流が実際に実施されたが、現在までに大きな被害は報告されていない。また、台風19号では、八ッ場ダム(群馬県)が大雨を貯め込んだ(10月11日2時~13日5時にかけてダムの水位が54m上昇)ことから、「八ッ場ダムのおかげで利根川の洪水を防ぐことができた」などの声が上がっている。しかし、仮に、八ッ場ダムの下流側で大雨が降っていたとしたら、洪水調節の機能を発揮することはできなかったであろう。
八ッ場ダムに限らず、首都圏のいずれの治水ダムにおいても、洪水調節をする(洪水の発生を遅らせる)ことはある程度までは可能ではあるが、想定を超える大雨が上流側に降り続けた場合には、緊急放流をせざるを得ない事態になることは避けられない。実際、平成30年7月豪雨では、愛媛県西予市の野村ダムからの緊急放流により、約650戸が浸水、5人が死亡し、同県大洲市の鹿野川ダムからの緊急放流により、約4,000戸が浸水、3人が死亡している。
したがって、各ダムにおいては緊急放流を極力回避できるように、事前放流によってダムの水位を低下させる運用体制を整えるとともに、万が一、緊急放流をしなければならない場合に備えて、ダム下流域の住民が迅速な避難を行えるように、洪水ハザードマップなどを通じて洪水リスクの周知に努めることが必要である。
- 複合災害
中林・小田切(2009)は、「複合災害」を「複数の災害に同時あるいは連続して被災して被害が拡大し,災害対応の困難性が増す災害事象」と定義している(文献6)。今回、千葉県を襲った台風15号(9月9日)、台風19号(10月12日)、台風21号(10月25日)は、それぞれ約1ヵ月、約2週間の間隔で連続して発生しており、複合災害と言えるであろう。台風15号の暴風によって屋根等に被害を受けた住宅では、その後の台風19号・21号による大雨・暴風によって被害が拡大したものと推察される。このように、今後も台風に連続して被災する可能性が想定される一方で、別の災害に襲われる可能性も考えられる。
今回の台風19号が関東地方に接近している中で、千葉県南東沖を震源とするマグニチュード(M)5.4の地震が18時22分頃に発生し、鴨川市で最大震度4を観測している。今回の地震はMが小さく、震度も低かったため、大事には至らなかった。しかし、台風が接近する前に大地震に襲われた場合、地震によって損傷した家屋の修理中に暴風・大雨に襲われ、被害が拡大することになるであろう。反対に、台風が通過した後で大地震に襲われた場合、暴風によって損傷した家屋の被害がさらに拡大したり、大雨によって緩んだ地盤において、地震の揺れが誘因となって多数のがけ崩れが発生したりすることも考えられる。
したがって、台風による連続被災だけでなく、その他の災害との複合災害も念頭に置いて、台風以外の自然災害のリスクについてもハザードマップを確認して理解を深めておく必要があると考える。
次の台風シーズン(令和2年7月~10月頃)まで、まだ時間の猶予がある。令和元年に千葉県を含む首都圏が経験した3つの台風からの教訓を踏まえて対策を進めるとともに、今回の一連の台風では経験しなかった災害(土砂災害、高潮災害、緊急放流に伴う洪水、複合災害)への備えも併せて検討していくことで、人的被害の軽減に繋がることを期待したい。
参考文献
- 千葉県防災危機管理部:令和元年台風15号(第101報)及び台風19号(第45報)について(令和元年11月14日14時00分発表)
- 千葉県防災危機管理部:令和元年10月25日の大雨警報について(第37報)(令和元年11月14日14時00分発表)
- 大久保駿・服部泰英:千葉県で発生したがけ崩れの特徴について、新砂防、第25巻、第3号、pp.10-19、1973.
- 国土交通省:土砂災害警戒区域の検証(平成30年9月11日)、2018.
- 千葉県総務部消防地震防災課:防災誌「風水害との闘い」-洪水との闘い、十五夜の嵐、竜巻-、2010.
- 中林一樹・小田切利栄:日本における複合災害および広域巨大災害への自治体対応の現状と課題、地域安全学会論文集、第11巻、pp.33-42、2009.