リスク政策
千葉科学大学 危機管理学部 危機管理システム学科 教授 村上 徹
前回は、
① クレームの殆どは、事業者にとって有り難いものであり、真摯な対応が不可欠であること。
② しかし、反社会勢力による不当要求や民事介入暴力、これらに至らないまでも理不尽な金銭要求、担当者に対する執拗な要求、攻撃等をする者を「ハードクレーマー」と呼び通常のクレームとは全く別物であり、組織を挙げた毅然とした対応が必要なこと。
③ 対応策の策定は、職員個人に任せることなく、組織で約款や規則等一定の基準に則った対応が基本であり、組織全体で共有すること。
④ クレーマーと対応者は、対等な立場であるとの基本姿勢を堅持すること。
⑤ クレーマーとの交渉の場所、時間の指定、交渉には2人以上で当たること。
⑥ 交渉内容の録音及び事前に録音することを告知しておくことがクレーマーに対するけん制になり、大きな効果があること。
等、クレーム対応の基本的な手法について述べました。
今回は、クレームの個別の対応策について、3つの事例を挙げ対応方法を説明します。
1クレームの種類と対応
クレームをその類型によってみていくと、大きく
○ 説明 ○ 謝罪 ○ 修理、交換 ○ 改善要求 ○ 金銭要求
のパターンに分類できるのではないかと考えられます。
対応としては、
① 相手の要求どおりに謝罪や金銭での解決を図る。
② 改革・改善(修理・交換)する。
③ 今後の参考にする。
④ 要求を拒否する。
ということになります。このクレームの類型と対応のパターンを意識した検討と実践が大切です。
2 個別の事例と対応
(1) 工事中過って、隣家の敷地内に入り込み、ブロック塀の一部を傷つけてしまい、損傷相当額の弁償を申し出ているにも関わらず、暴力団員と知り合いということをちらつかせ、数十倍の弁償金を要求してきたことが発端でした。担当者は、暴力団員との関係をちらつかせながら、法外な金銭を要求してくる相手方への対応に苦慮し、困り果てて上司に報告、相談したことで事態の深刻さを把握した会社が組織的に適切な対応をした事例です。
ア 工事を担当した営業所では、相手方(隣家)にブロック塀を損傷してしまったとの報告をするとともに、不注意を謝罪し、ブロック塀を現状に戻す修理と見舞金(1万円)を支払うことで、解決したいと申し入れた(総額5万円未満)。
これに対し、隣家の所有者(老女)からは、「私はよくわからないので、息
子Pに言ってほしい」との申し出があった。
イ 営業所の担当者が、老女の息子という県外に住む人物Pに電話を掛けると、「なに寝ぼけたことを言ってんだ。俺の死んだ親父は○○会の幹部だった男だ。そんな対応ではそこを仕切っている○○会の知合いに相談 して、あんたの営業所に行ってもらうぞ。もっと誠意のある対応をしろ !」と言われ、上司に相談したことから本社に話が上がり、本社のA課長が対応することになった。
ウ A課長が、Pと数度にわたって電話で話したところ、Pは県外に住み、「俺があんたらのふざけた対応を相談すれば、○○会のXがすぐにでもあんたらの会社に挨拶に行くことになる。それでいいなら、この話はX に任せるぞ、それでいいのか、もっと誠意を見せろ!」と脅され、この段 階で、私のところに会社を通じて相談があった事例です。
エ A課長から、それまでの経緯を聴いたところ、Pからは、
○ 謝罪文の提出
○ 会社ではなくお前自身としての責任を認め、誠意を示せ。
○ こっち(Pの住所地)に来て謝罪しろ。
の要求があり、A課長は、謝罪文を持ってPを訪ね、会社が提示した金額にポケットマネーを上乗せして、解決するつもりでいたことを話してくれた。
オ 対応策の策定
○ 対応者を担当部長及び総務担当の課長とし、A課長は交渉には立ち会わないこと。
○ Pの住居又はPの指定した場所には赴かず、面会しての交渉は、会社で行うこと。
○ 謝罪文は、現時点では必要ないが、塀を傷つけたことは事実なので、事実を正確に記載したものであれば、示談成立時に併せて提出することを検討すること。
○ 損害を与えたことの謝罪は誠意をもって行うこと。
○ 今後の交渉は、正確を期し、誤解を防ぐため必ず録音すること。また録音することをP伝えること。その際、Pから○○会のX任せるという言葉があった場合は、PからXへの委任状は見せていただくことを申し出ること。
○ 「誠意を見せろ」と言われた場合は、こちら側で勝手に誠意の内容を判断せず、必ずPに誠意の内容を確認すること。
★ 誠意の内容確認
「誠意とは何ですか?」と質問し、Pから「そんなこともわからないのか、お前らが考えて、提示することだろう。」等言われても、「誠意とおっしゃられても分かりかねますので、具体的に教えていただきたい。でなければ会社に帰って検討することもできません。」と、あくまで誠意の内容をPから言わせること。
Pは、「誠意=金銭」とこちらが勝手に解釈し、金銭の上乗せを望んでいる。Pから金銭の上乗せ要求をすると恐喝罪になるのではないかと考えているので、金銭要求と言わずに誠意といってくる。なので、Pの言う誠意の意味をPの口から言わせること。
○ 担当者に対し、「会社の責任ではなく、担当部長、担当課長個人として、人様に迷惑かけて何とも思わないにか、人間としてどうなんだ。」などと、個人的な対応を求めてくることは、ハードクレーマーの常套手段です。しかし、そのような要求には毅然として拒否すること。必ず会社(組織)として対応すること。また、そのことを相手方に伝えること。この言葉が出たときは、Pとして攻めあぐんでいることを認めているようなものなので、相手にせずあくまでも会社としてPと交渉していることを伝えること。
○ これまでの経緯を管轄の警察署に話し、今後の進展次第では、被害届の提出の検討しておくこと。また、そのことはPに告げること。
カ 結果
当初の損害金(5万円以下)で決着しました。
○ Pは、超一流会社の社員で、○○会とも暴力団員とも関係はありませんでした。示談書作成時、「この程度しか貰えないのか。」と言っていたので、「これ以上紛糾すれば、警察に被害届を出し、あなたの会社にも相談するところでした。」と申し向けたことで、以後Pからの連絡は皆無となりました。
○ 交渉過程で、会社として当初の弁償金以上は支払わない事を確認し、裁判も辞さないという強い意思を会社として示し、交渉担当者を力強くバックアップした。
○ 当初、Pが言っていた○○会の暴力団員の言葉は、その言葉に怯まない会社の強い意思がPを追い詰める結果となった。Pは、警察が関われば、Pの会社にこの事実(暴力団の名前を使ってのクレーム)が知られ、自分の立場が悪くなることを十分承知していた。
○ 当初の対応者であるA課長は、Pに振り回され、精神的に疲弊し切っていた。会社が組織の意思として対応することがいかに大切なことかを示す事例でした。
(2) 商品の不具合のクレーム対応で、訪問した先で興奮した客から長時間室内で罵声を浴びせられた挙句、刃物をちらつかせて「てめーっぶっ殺すぞ!」と脅され、代金を返金することで解放されたもの。
ア 商品を購入した客から、「製品の使用方法がわからない。説明と性能が異なる。嘘の説明で商品を売りつけた。」といったクレームが入り、担当者が相手方の家を訪問し、説明しようとしたところ、激昂した相手方に罵倒され、長時間正座させられた挙句、刃物をちらつかせて「てめーっぶっ殺すぞ!」と脅され、恐怖のあまり、その場で代金を返金すること、慰謝料名目で10万円を要求され、要求通りにすることを申し出て解放されたもの。担当者は、事の顛末を会社に報告し、会社から私に相談がありました。
イ 本事例は、恐喝(未遂)・脅迫・暴力行為等の容疑が認められる悪質な刑事事件であると考えられたので、管轄警察署に連絡するとともに、会社に被害届を提出することを勧めた。問題は、被害届は、相手方の家を訪問した担当者が提出するもので、かつ面接犯であり、相手が犯行を否認した場合は、担当者が証人として法廷で証言する必要があることであった。被害に遭った担当者は、当初法廷までとは想定しておらず、被害届の提出に消極的であったが、会社が全面的にバックアップすること、このような事を容認したことがインターネットで拡散されれば、今後の営業に大きな支障が出ることを説明し、納得した担当者は被害届の提出を決意しました。被害届を受理した警察は、この男を暴力行為で逮捕した。男は犯行を認めたため、担当者が法廷で証言することなく、事件は決着した。
ウ 本件は、事前の電話によるクレームで、相手がかなり興奮していたので、相手の家への訪問は、2人で行くべきでした。ただし、訪問先、クレームの状況は上司が把握していたので、仮に帰社が遅れれば、何らかの対応はできる状況にあった。また、前述したように被害届について、会社が全面的にバックアップする強い意思を示し、担当者を勇気づけたことは大きく、本件解決の要因となった。別の事例で、担当者が被害届の提出を拒み(会社が提出すればいいと主張)事件化できないことがあり、業務に関わる事件で被害届を提出することの難しさを知っていただけに、この会社の対応は適切で、立派だと思いました。
(3) 若手の営業社員に対し、商品の使い勝手の悪さを挙げ、数時間に及ぶ電話をかけ続ける老人の対応
クレーマーからの商品の取扱いについての電話が、いつしか会社の営業方針、商品の宣伝内容と実際の取扱いとの差についての執拗なクレームになり、宣伝内容と商品の性能が異なるのは詐欺だと言い出すなど、クレームは3時間を越え若手社員では手に負えず、謝罪した上、後日会社としての見解を連絡することを約束したもの
イ この若手社員は、執拗なクレームと販売した商品が詐欺罪に当たると言われたことにショックを受け、以後、他の電話に出ることにも恐怖感に近い嫌悪感を感じるようになり、仕事が手に付かない状態になってしまっていた。
若手社員の異変に気付いた課長が話しを聞き、会社を通じて私に相談がありました。
ウ 若手社員と面接して事情を聴いたところ、本件のクレームで最も苦痛に感じていたのは、クレーマーの陰湿で執拗な話し方であった。誠意をもって説明しようとしても、言葉尻を捉えられての詰問や要求に辟易としていた。その上、販売した商品を「詐欺」と言われたことで、これ以上の対応はできないと謝罪してしまっていた。
エ マニュアル的に言えば、対応者を代えることが考えられました。しかし、若手社員の悔しそうな表情を見ていて、ここはもう一頑張りしてもらうことが彼の今後の成長に資すると考え、上司に相談の上、若手社員の指導に当たりました。
オ 指導の内容は、
○ クレーム対応は、今の自分のできる範囲で、誠意をもって対応すること。
○ クレーム対応は相手のペースに合わせることなく、クレームの原因に絞って説明すること。相手が話題を変えた場合、引きずられることなく、「○○様、当該商品についてですが、・・・」とクレームになっている商品の説明に話しを戻すこと。
○ 商品の宣伝には、長所をアピールするのは当然で、アピール内容に嘘がない限り、購入者の期待通りにならなくとも詐欺罪は成立しない。詐欺等言ってくるのは、言い掛かりであり、取り合わないこと。それでもしつこく言われたら、「専門の方に相談して詐欺罪には当たらない。との説明を受けています。私にはこれ以上の説明は致しかねますので、ご納得いかないのでしたら、貴方様から専門の方に相談されてはいかがですか。」と回答し、以下は何を言われても繰り返しの回答しかできなことを説明する。
○ 会社の方針で、説明に誤りがあってはいけないので、電話を録音することを告知する。
○ 若手社員の私に対する説明は、論理的で分かりやすく仕事に対する熱意と明晰な頭脳を持っていることを感じさせるものでした。彼にその旨を伝えるとともに、「君には会社が応援している。録音しているので君の対応の正しさは皆分かってくれる。自信をもって対応しよう。」と激励してクレーム相手に電話をさせました。
ウ クレーム相手は、自分に都合の悪い状況になると話を変えようとしましたが、若手社員は私の指導どおり話しを元に戻し、詐欺罪は成立しないとの指導を受けたことを説明し、相手は全面的に納得した状況ではないながら1時間弱で終了した。以後同一人からのクレームはなく、本件は終了しました。
3 暴力団対応
暴力団員の対応は、誰でも怖いし嫌なものです。できれば関わりあいたくありません。関わりを持たないことが最善ですが、クレーム対応ではそうもいってられません。
暴力団員の特性を知り、警察等暴力団員が敬遠する機関・団体の支援を受けることで、些細な事に付け込まれたり、法外な要求に苦慮するなど困り果てている状況から冷静な対応ができるようになります。
(1) 暴力団対策の原則
ア 暴力団対策の原則は、「恐れないこと。」「金を払わないこと。」「利用しないこと。」そして「交際しないこと。」です。
暴力団員が義理と人情の世界に生きていると思っている人は、現代では存在しないと思います。彼らの目的は金です。暴力団員は、厳格なヒエラルキーの世界に生きています。暴力を辞さない組織を背景にし、その威力で自分達の目的を達成しようとしています(金を得ています。)。
彼らは素人相手に金にならない喧嘩はしません。しかし、売られた喧嘩は買います。そうしないと彼らの生命線である暴力組織の威力が低下してしまうからです。
イ 暴力団員の狙いは、クレーム対応者が、「怖がること」「嫌がること」です。
対応者が怖がったり、嫌がったりしていることが分かれば、嵩にかかって攻めてきます。そういう態度を見せず、毅然とした対応が求められるところですが、現場で個人の力量で実行することを期待するのは無理があります。ではどうするかですが、暴力団員が怖いのは警察です。逮捕され、懲役に行くことを何より怖れ、嫌います。そこで、暴力団員の不当要求に対しては、対応者個人の判断ではなく、“会社の方針で” “警察の指導で”“法律によって”「できない!」と断ることが有効な対策になります。怖い、嫌だ。困った。そういう時はすぐ警察や弁護士に相談です。何とかうまい解決方法はないかと考えるのは、時間の浪費です。穏便で円満な解決はありません。
ウ また、暴力団員がトラブルを聞きつけて、「俺が間に入ってやる。何とかしてやる。」と近づいてきても相手にしてはいけません。解決どころか更なる不当要求、トラブルに巻き込まれることになります。「警察に相談していますから」とここでも警察を盾にして断る対応が大切です。
(2) 暴力追放推進センター
都道府県公安委員会が各都道府県に一つ指定した公益法人です。「暴追センター」と呼ばれています。ここでは、暴力団事務所の立ち退きを求める住民の代理として訴訟を起こし、大きな成果を上げています。クレーム対応で注目したいのは、暴追センターでは、弁護士と協力して、暴力団相手の訴訟にも助言してくれます。刑事事件であれば警察へ、民事であれば暴追センターへです。また刑事と民事が交錯する事案でも指導・助言を受けることができます。どうしていいか分らない場合、不安な場合は警察に相談することで、直ちに警察が介入できない場合は、暴追センターの連絡先、連絡相手を教えてくれます。
4 ハードクレーマーの対応
ハードクレーマーには、組織として対応することがいかに重要なことか理解し、事前に対応体制、クレームの早期報告と組織全体が関わった対応策の決定、対応者個人の力量に期待するのではなく、組織全体で立ち向かうという姿勢が重要です。
● こんな奴らに汗水たらして稼いだ金を渡してたまるか !
● こんな奴らに頑張って築き上げた信用を壊されてたまるか !
● こんな奴らに大事な社員を駄目にされてたまるか !
という強い意思を組織全体で共有し、しっかりした体制と対策作りができていれば、ハードクレーマーも反社会勢力に対しても適切な対応が可能になります。
私は、ハードクレーマー対策は危機管理であり、危機管理は事前準備がすべてだと考えています。組織全体で危機管理としての体制・対策作りとクレームに対する正しい理解が浸透していることが、クレームに強い会社(組織)の第一歩です。