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第79回 福島原発事故後の原子力発電に対する意識

リスク政策

千葉科学大学危機管理学部 王 晋民氏

2011年3月の東日本大震災による東京電力福島第一原発事故が世界に大きな衝撃を与えた。

それまでは、原子力発電に関連する安全問題がありながら、気候変動・地球温暖化防止のため、化石燃料の代わりに原子力発電を利用してもよいという考え方が比較的に好意に受けられるようになっていた。しかし、福島第一原発の事故後、原子力発電に対する意識に大きな変化が見られた。

例えば、北田(2013)の原子力に対する世論(意識)に関する研究では、福島第一原発事故の前に原子力発電の利用について「減らす・廃止する・止める・やめる」という「現状維持を含まない明確に否定的な意見」は、2~3 割台で推移していたが、福島原発事故後、報道機関の調査では「減らす・廃止する・止める・やめる」という否定的な意見が7割となり、その後も安定して推移していることが示されている。また、同じ研究の中で、原子力安全システム研究所による継続調査データに対する分析においては、福島原発事故4か月後、9か月後の2回の調査では(関西電力供給地域)、新しい原発の建設に対して「反対」と「どちらかといえば反対」を合わせて約6割となっており、2010年の調査時の3割未満という結果より倍近く増えた。一方、原子力発電の利用に関しては「利用するのがよい」と「利用もやむを得ない」を合わせると、こちらも6割近くにもなっている結果が示されている。

また、朝日新聞(2019)が2019年2月に行った福島県の有権者(998人)に対する世論調査では、原子力発電所の運転を再開することについて、賛成が13%、反対が68%、その他・答えないが19%だったという結果が得られ、原発の再稼働に対して反対する住民が多いことが示された。

従来、原子力発電の受け入れ(社会的受容)は原子力の使用によるベネフィット、リスク、原子力関係機関等への信頼など複数の要因によって影響されることが示されている。また、ベネフィットの一つとして、化石燃料の代わりに発電することによって気候変動・地球温暖化防止に効果があることが挙げられる。

例えば、スイスでの研究では(Visschers, et al. , 2011)、気候変動に対する関心が高く、原子力の使用によって気候変動の抑制効果を高く判断する人が原子力に対する受容も高いという結果が示されている。イギリスでの研究では(Corner, et al., 2011)2005年と2010年に2回の調査において「気候変動の抑制に効果があれば、新しい原発を受け入れる」と答える人は5割以上になっているとの報告がなされている。気候変動・地球温暖化の緩和対策として考えることによって、住民が原子力発電をより受容する可能性が示唆されている。

福島第一原発の事故後、特に日本においては原子力のリスクをより深刻に認識されていると考えられ、また近年、台風やゲリラ豪雨などによる自然災害が多発しており、気候変動・地球温暖化によるリスクに対する認識も強くなってきていると思われる。これまで原子力発電の理由の一つとして、気候変動・地球温暖化の対策だと説明されてきたが、原子力によるリスクと気候変動・地球温暖化によるリスクのどちらも無視できない状況となっていることが明らかである。

国立環境研究所 (2016)が2016年に行った環境意識調査において、気候変動・地球温暖化について、「心配である」が41.7% 、「やや心配である」が27. 6%、「非常に心配である」が21.6%で、合わせて90.9%と大多数を占めるという結果が報告されている。また、環境を保全するためのさまざまな手段のうち「原子力の使用を増やす」については、「賛成」が5.7%、「やや賛成」が8.8%、「どちらでもない」19.8%、「やや反対」が18.9%、「反対」が41.7%、「わからない」が5.2%であった。「反対」と「やや反対」を合わせて60.6%であることが明らかになり、福島原発事故後、環境問題を認識している一方、原子力使用の拡大に反対する人が多いことが示されている。

一方、2018年7月に発表された政府の第五次「エネルギー基本計画」において「原子力については安全を最優先し、再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する」が、2050年まで原子力発電の継続が決定されている。

原子力発電の利用の是非に関して、さまざまな議論があるが、政策の決定と実行においては、社会における多くの人々の考え方、つまり社会的受容が必要不可欠であろう。

福島第一原発の事故から八年余りが経過しているが、一般市民の原子力発電に対する社会的受容はどのようになっているか、原子力発電によるリスクやベネフィット、気候変動・地球温暖化に対する意識、人間と自然との関係に関する考え方がこの社会的受容にいかに影響を与えているかについて調べる必要がある。特に、福島原発事故が発生した地元の福島県在住者と福島県外在住者の間に違いがあるかについて確認する必要がある。

筆者らの研究グループが2019年2月に福島県在住者と福島県外在住者の社会人400に対してインターネット調査を行った。福島県在住者と福島県外在住者の原子力に対する受容、原子力に対する受容と気候変動・地球温暖化に対する関心、人間・自然環境との関係に関する考え方との関連性を調べるためであった。ここでは、人間・自然環境との関係の考え方は、社会学者のDunlap & Van Liere (2008)に提唱した自然環境を大事にする「The New Environmental Paradigm」の世界観に一致するかである。

原子力に対する受容に関しては、「必要ですが、私の地元でやらないで」という現象が指摘されている。いわゆるNIMBY(Not in My Back Yard=我が家の裏庭には御免))である。そのため、この調査では原子力発電の社会的受容を以下3種類に分けて調査した。まず一般的な社会的受容。これは日本や他の国を含めて原子力発電がどの程度受け入れられるか。次に、地元での社会的受容。つまり、自分が住んでいる地元で原子力発電関連施設の社会的受容である。最後に、地元以外の社会的受容である。さらに、原子力施設に関しては地元の意見がどの程度重視すべきかという質問も設けた。

以下、主な結果について簡単に紹介する。有効回答381人のデータを分析したところ、原子力発電による気候変動・地球温暖化関連のベネフィットと経済的・効率的ベネフィットにおいては福島県在住者と県外在住者の平均値は中間点「3:どちらでもない」の近くになった。リスクに関する回答平均値は中間点より高く、原子力発電のリスクを比較的に高いと認識していることが示された。福島県在住者は県外在住者よりも原子力や気候変動に高い関心を示し、原子力のリスクを高く見積もっており、また地元以外の場所での原子力施設の受容が低いことが示された。一方、原子力のベネフィットや原子力関係機関等に対する信頼、一般的に原子力受容、地元での原子力施設の受容、人間・自然環境との関係、そして立地住民の意見の重要性に関しては、福島県在住者と県外在住者の間に違いが見られなかった。

社会的受容に影響を与える要因について調べるために、多重回帰分析を行った。その結果、一般的な社会的受容に関しては福島県在住と県外在住の住民において原子力によるベネフィットとリスク、原子力関係機関等への信頼による影響が確認された。

地元での原子力受容においては、原子力事故と廃棄物によるリスクが大きい影響を与え、福島県在住者では経済的ベネフィットの影響が、福島県外在住者では気候変動に関するベネフィットの影響が示された。

地元以外での原子力受容においては、福島県内、県外在住者のいずれでは原子力関係機関への信頼や経済的ベネフィットの影響、そして福島県在住者では人間・自然環境との関係の影響も確認された。

原子力施設について地元の意見を重視すべきと判断する程度については、福島県在住者と福島県外在住者のいずれにおいても、核廃棄物のリスクや人間・自然環境の考え方に関連している。つまり、核廃棄物のリスクが大きく感じていると、地元の意見をより重視すべき、また人間が自然環境を大事にしなければならないという考え方が強ければ、地元の意見をより重視すべきだと判断する。また、福島県外在住者のみにおいて原子力関係機関等に対する信頼が高ければ、地元意見重視すべきとの判断も高くなるが、福島県在住者においてはこの関係が確認されず、信頼かどうかと関係なく、地元意見重視すべきだと判断する傾向が示唆される。

まだ詳細な分析が必要であるが、以上のように、原子力発電の一般的な社会的受容に関して、従来のリスク、ベネフィット、信頼という要因の影響が再確認された。しかし、地元での受容においては、信頼という要因の影響が確認できず、リスクとベネフィットのみが重要である。また、地元以外の受容においては、リスク因子の影響が見られず、利得と信頼因子が重要で、人間・自然環境との関係因子も関連することが明らかになった。

原子力やエネルギー問題、そして環境問題は現代社会において極めて重要な課題であり、また社会的コンセンサスを達成しなければならない。そのため、今後、原子力発電に関する住民の意識や社会的受容の程度や影響要因についてさらに検討する必要がある。


参考文献

朝日新聞 (2019). 世論調査―質問と回答https://www.asahi.com/articles/ASM2T4TW2M2TUZPS007.html (2019/06/30確認)

Corner, A., Venables, D., Spence, A., Poortinga, W., Demski, C. & Pidgeon, N. (2011), Nuclear power, climate change and energy security: Exploring British public attitudes. Energy Policy, 39 (9), 4823-4833.

Dunlap, R. & Van Liere, K. (2008). The “New Environmental Paradigm”. The Journal of Environmental Education, 40, 19-28.

北田淳子 (2013). 継続調査でみる原子力発電に対する世論 過去30年と福島第一原子力発電所事故後の変化. 日本原子力学会和文論文誌, 12(3), 177-196.

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