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第77回 自動運転車の時代は到来するのか?

リスク政策

千葉科学大学危機管理学部危機管理学科 五十嵐信彦講師

Ⅰ.はじめに

4月19日に、東京池袋で高齢ドライバーが乗用車を暴走させ、横断歩道上を自転車で走行していた母子の命を奪い、8人が重軽傷を負う重大事故が発生しました。
この事故の原因については現在まだ未解明ですが、87才のドライバーの運転ミスによるものではないかと言われています。報道その他で、高齢者の運転の危険が叫ばれ、事故防止のために運転を制限・禁止すべきといった意見も出て来ました。これからますます進行する高齢社会において、いかに交通の安全を確保するかは大問題であり、現在進められている自動運転技術の実用化は一つの重要な対策と言われています。

Ⅱ.自動運転の実用化に向けた競争

自動車の自動運転については世界各国で開発が進められています。大手自動車メーカーやIT企業などの企業連合が群雄割拠の状態で、日々熾烈な開発競争を繰り広げています。
わが国のメーカーでは、トヨタ自動車は2020年の東京オリンピックで、自動運転レベル4の自動運転車を披露すると発表しており、実用化についても、自動車専用道路での合流、車線維持、レーンチェンジ、分流を自動運転する自動車を2020年に実用化することを目指しています。また、日産はレベル2の自動運転システムである「プロパイロット」を、すでに国内外のいくつかの車種に搭載しており、2020年までに、交差点を含む一般道での自動運転技術を実現する予定です。

Ⅲ.政府の取り組み

企業ばかりでなく政府も自動運転車の実用化に向けて、自動車本体や周辺環境の整備等、制度の改革を進めています。
日本政府は自家用車の自動運転をいつから解禁するかなど、国土交通省を中心に議論を進めてきました。そして2020年までに大規模な実証実験を行い、2020年までに一般道と高速道路で自動運転レベル2(部分運転自動化)の実現を目指しています。さらに高速道路においては2020年代の前半までには、緊急時のみ運転手が運転操作を担う自動運転レベル3(条件付き運転自動化)、2025年ごろには高速道路でのみ完全自動運転が可能な自動運転レベル4(高度運転自動化)を実現するシナリオを策定しており、それによって交通事故の削減や交通渋滞の緩和、物流・交通の効率化などを図りたい考えを示しています。

図1自動運転レベルの定義概要 「自動運転に係る制度整備大綱」より

昨年4月に政府は「自動運転に係る制度整備大綱」を発表しました。そこでは自動運転の将来の応用の可能性として、高齢化の進展への対応、や地域の交通サービスへの活用、ドライバー不足等の物流サービスへの応用などを目指し、実用化に向けた開発や制度の整備などについての方向性を示しました。
安倍総理は、本年1月28日の通常国会冒頭の施政方針演説において、
「世界は、今、第四次産業革命の真っただ中にあります。人工知能、ビッグデータ、IoT、ロボットといったイノベーションが、経済社会の有り様を一変させようとしています。
自動運転は、高齢者の皆さんに安全・安心な移動手段をもたらします。体温や血圧といった日々の情報を医療ビッグデータで分析すれば、病気の早期発見も可能となります。
新しいイノベーションは、様々な社会課題を解決し、私たちの暮らしを、より安心で、より豊かなものとする、大きな可能性に満ちている。こうしたSociety 5.0を、世界に先駆けて実現することこそ、我が国の未来を拓く成長戦略であります。
時代遅れの規制や制度を大胆に改革いたします。
交通に関わる規制を全面的に見直し、安全性の向上に応じ、段階的に自動運転を解禁します。」(下線部は筆者による)
と宣言し、国は2020年以降の実用化に向けた法整備が進めています。そして、この通常国会では、運転席にドライバーが存在し、一定の条件下でドライバーに代わってシステムが運転を担う「レベル3」の走行を想定した道路交通法の改正案等が審議されているところです。

図2 2025年完全自動運転を見据えた市場化・サービスの実現シナリオ

「官民ITS構想・ロードマップ2018」より

Ⅳ.自動運転車の実用化は可能か?

しかし、自動運転車の実用化は本当に可能なのでしょうか?
現在の技術の進歩を見ると、自動車本体の開発はいずれ可能となるように思われます。
ただ、車両が一定の安全性を備え、実用段階に達したとして、次に周辺環境の整備が問題となります。空港や一部の高速道路等に限定して道路の整備を自動運転仕様にして、そこだけで走らせるのであれば問題はないでしょう。しかし、日本全国の全ての道路を自動運転車が無理なく走れるようにするには、数十年単位で膨大な資金が必要となるでしょう。それが現実的とは思えません。例えば、すれ違いに苦労するような全国の生活道路が自動運転仕様になるにはどれだけの年月とコストが必要なのでしょうか。
仮にそれがクリアされたとしても、さらに自動運転車とその他の自動車との混在の問題があります。自動運転車が完全に実用化された場合、それ以外の自動車の販売は禁止されるのでしょうか? それも現実的な話とは思えません。

Ⅴ.自動運転車と交通の課題

前述の「自動運転に係る制度整備大綱」は、「自動運転システム搭載車両(以下、「自動運転車」という)の導入初期段階である2020年以降2025年頃の、公道において自動運転車と自動運転システム非搭載の従来型の車両(以下、「一般車」という)が混在し、かつ自動運転車の割合が少ない、いわゆる「過渡期」を想定した法制度の在り方を検討する」としています。そして、自動運転車の導入に関するステークホルダーとして自動運転車以外の自動車の運転者や自転車、歩行者なども含めた検討が始まっています。
しかし、そうした技術的な検討だけは十分とは言えません。
なぜなら、技術の塊である自動運転車とは異なり、一般の自動車や自転車の運転者、歩行者などはそれぞれに意思を持ち自由に行動するからです。自動運転車のように「定型化した行動」を取るわけではないのです。
彼らが常に交通ルールを100%遵守し、譲り合いのマナーを有し、感情の起伏もなく模範的な運転を行うのなら問題はありません。しかし、現実は違います。悪意を持って行動したり、予想外の重大なミスを犯す場合もあります。また悪意がなくても自動運転車との共存が一般の自動車の運転者のストレスを増加させ、問題を引き起こす可能性も考えられます。
自動運転車が道路に出た場合、「敵」は数知れません。自動運転車とそれ以外の自動車が共存する下記のような環境を考えてみましょう。
自動運転車は、当然交通法規を遵守します。必ず制限速度で走行し、一時停止場所ではライン手前で必ず停止して安全を確認するでしょう。走行中でも、前方に障害を認識すれば自動回避、自動停止等の「安全運転」を行うはずです。しかし、一般の自動車はどうでしょうか。空いている道路を制限速度内で走行する例は多くありません。制限速度と実勢速度は相当乖離しているのが現状です。両者が混在して走行すれば、一般の自動車のドライバーのストレスは確実に増加し、中には無理な追い越しなどの危険な行動を取るケースも増えることでしょう。最近問題になっている「あおり運転」に似た状況も発生するのではないでしょうか。
また、自動運転車は危険を感知すれば自動停止する等の安全対策が施されることから、多少手荒なことをしても文句ひとつ言わず譲ってくれる自動運転車に対し一般車が無理な割り込みをしたり、悪戯を企てる可能性もあるでしょう。
さらに、道路にいる自動運転車の「敵」は一般の自動車だけではありません。自転車や歩行者、それも老若男女さまざまな人が「敵」となって立ちはだかる可能性があります。歩行者や自転車にとっても自動運転車は実にありがたい存在だからです。仮に歩行者が赤信号で道路を横断したり、自転車が予告もなく急な進路変更等をしたとしても、勝手に停止してくれる「安全な」自動車だからです。
私が時々利用する都内の駅のロータリーの横断歩道には信号がありません。歩行者はひっきりなしに横断歩道を通行しています。自動車は、歩行者を優先しながらも、停止線から少しずつ前に出て、歩行者が途切れそうなわずかな隙に阿吽の呼吸で通過するしかありません。もし自動運転車だったら、おそらく5分でも10分でも、もしかするとそれ以上の時間でもじっと耐えて待つことになるのでしょう。
自動車が自動運転化されるなら、自転車や歩行者も自動化されなければ交通の秩序は守られないでしょう。

Ⅵ.まとめ

自動運転車の実用化は大変革に違いありません。しかし、技術的には可能であっても、前提条件となる社会、人間についての問題は解決されません。前提条件が満たされないまま実用化されることは100%あり得ません。自動運転という技術の進歩によって何もかもが解決するような幻想を振りまくのは危険です。
現在、自動運転はさまざまな観点から待望されています。上記の「自動運転に係る制度整備大綱」では、(1)交通事故の削減や渋滞緩和等による、より安全かつ円滑な道路交通社会の実現 (2)きめ細かな移動サービスを提供する、新しいモビリティサービス産業を創出 (3)自動運転車による日本の地方再生 (4)世界的な自動運転車の開発競争に勝ち、日本の自動車産業が、引き続き世界一を維持、という将来像が描かれています。
こうした経済的な効率性や人手不足への対応等の問題が重要ではないとは言いません。しかし、何よりも必要なことは、社会の安全性を担保するためのセーフティネットのような役割を担うことを優先してこの技術の実用化に取り組むことだと思います。
運転は人間が行うもので、自動運転技術は人間のミスをなくしたり、運転のストレスを軽減させるための補助的な手段であると位置づけて、道路における安全性の確保を最優先に考えるべきでしょう。

主な参照先
内閣官房HP
国土交通省HP
自動運転ラボ https://jidounten-lab.com/
トヨタ自動車HP
日産自動車HP

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