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  1. 外見リスクマネジメント 石川慶子
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第6回 うつ病対策としての「外見トレーニング」とは?

前回、自分の見た目が相手からの好感度や支援の時間を引き出す実証データを提示しました。では、外見変化は本人に変化をもたらすのでしょうか。筆者が着目したユニークな研究を紹介します。

グラハムとジョア(1983年)は、うつ病など精神的リハビリテーションを目的とした髪型、色彩感覚、化粧など「外見トレーニング・プログラム」を開発しました。グラハムとクリグマン(1985年)は、化粧と心理的評価の変化について研究し、化粧後は自信が高まり、人に会いたくなる外向的な姿勢が強まる気分になることを明らかにしました。専門技術者によって化粧をされた時の方が、自分で化粧をした時よりも自信や満足感、状態不安が低減し、快方向への情動の活性化がなされるといった研究もなされました(余語、津田、浜、鈴木、互 1990年)。

特に興味深いのは、大坊と神山は、うつ病と統合失調症の女性にそれぞれ専門技術者による化粧セッションを実施した臨床実験についてです。

うつ病と診断された49歳の女性の場合。仕事上のミスが原因で抑うつ的になり自殺を図ったため、入院しました。当初は、精神的には安定していたものの、表情が硬く意欲に欠けていました。週1回のペースで10回化粧セッションに参加したところ、回数が重なるにつれ、イメージに合わせたスカーフを持参するなど、変化していきました。退院時期になると、化粧品を自ら購入するといった情動の活性化が達成され、社会復帰に向けての意欲が見られました。

統合失調症の37歳の女性の場合。20年以上入院生活をしているため、社会活動への参加経験も乏しく、対人交流も不慣れで、化粧の機会が全くない状態でした。化粧セッションに対して、当初は2回の1回しか反応しない状況でしたが、回数が重なるにつれ、反応率は上がり、最後には80%の反応率となりました。また、音声で比較したところ、化粧前よりも化粧後の方が声のピッチが高くなり、気持ちのムラも化粧前よりも化粧後の方が安定するといった変化が見られました。彼女の場合、社会復帰を目標とした生活訓練の一環として、鏡に向かう習慣を身につけ、化粧などの整容のリハビリの有効性が示唆されました。

化粧の社会的意義として、大坊らは次のようにまとめています。「自分の身なりに気を遣うだけの精神的な余裕が生じているということは、それだけ病状が改善され、患者本人の負担が軽くなっている。また、身なりに気を遣っていない患者は、気を遣っている患者よりも在院期間が長く、病気の程度も重度と診断され、見舞客も少なかった。社会的な対人関係において、見る者と見られる者といった関係は、一方通行ではない、お互いに影響し合っている」。

筆者自身、2015年から外見リスクマネジメントを提唱し、自ら実践しましたが、さまざまな変化を実感しています。具体的なトレーニングは、スタイリストと一緒に自分の体型に合わせた服を選んで購入する、立ち方や歩き方はモデルウォークを教える専門家に指導を受け、メイクはメイクアップアーティストから自分の顔立ちに合わせた技術を習得し、表情コントロール方法は元俳優から学びました。この結果、人から声をかけられる回数が増え、服装や立ち方を褒められることが増え、また、ホームページの写真を変えたところ問い合わせが増えるといった成果を得られました。自分の外見が他者の反応を引きおこし、自己価値の発見や確認に至ったといえます。

このようなサイクルを「アイデンティティの自覚と外見の効果」としてまとめたのは菅原(1993年)です。「他者の反応は自分自身へ返ってくる、それが自分の外見と内面に影響を与える、その中で外見から内面が作り出される可能性もある。鏡に向かい自らの外見と対面して行う化粧は、セルフ・イメージを再確認、再構成する儀式である」としました。

1900年代後半は、よりよく生きること、より過ごしやすい環境を整えること、より自分らしくあることが人生における幸福であるとする「ウェル・ビーイング」の考え方が広がったことが背景にあるようです。これは今にも通じる考え方ではないでしょうか。よりよく生きるための第一歩として精神論ではなく、外見を整えることで前に進むといったトレーニングも選択肢としてありなのでしょう。

コロナ禍で人に会わない生活が増えていると思いますが、人に会わないからパジャマでいいや、メイクしなくてもいいや、を継続すると次第に見た目に気を遣わなくなる生活に埋没していきます。ここにある種のリスクが潜んでいます。外見を整える日常生活を維持することは自分の価値を発見、再確認するためにも有効な気がします。
参考文献:「被服と化粧の社会心理学」2003 北大路書房

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