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第47回 謝罪リリース文の書き方~富士フイルムと東大を事例として~

あの記者会見はこう見えた!

石川慶子氏

富士フイルムは、批判を受けた「FUJIFILM X100V」のプロモーション動画についてお詫びし、配信を停止するという謝罪リリース文を2月5日に掲載しました。ネット上の炎上は毎日起きており、謝罪文もすぐに掲載されるようになりましたが、誰に対して何を謝罪しているのか明確ではなく、とりあえず謝罪も散見されます。帝京大学で広報論を専門とする吉野ヒロ子さんは、「以前から、炎上の謝罪リリースって、雑に「不快感を与えてすみません」になりがちなのはなんでなんだろうと不思議に感じます。実務家の石川さんに理由をお聞きしたい」と申し出をいただきましたので、今回は、謝罪リリース文について考えます。

富士フイルムの謝罪文には何が足りないか

謝罪の気持ちを伝えるためには必要な要素は、心理学的には5つと言われていますが(「インターパーソナルコミュニケーション」P114)、私は6つの要素を盛り込むことを推奨しています。1.事実として何をしてしまったのか、2.何が悪かったのかという反省、3.申し訳ないという後悔の気持ち、4.自分への罰や償いの気持ち、5.二度と起こさない決意、6.それを誰に伝えるのか。この6つ目の要素は、企業広報の観点から追加した要素です。

では、吉野さんが「雑」と指摘した富士フイルム謝罪文を確認してみましょう。

―「FUJIFILM X100V」プロモーションサイトにおいて、視聴者の皆様に不快感を与える動画が掲載されましたことを深くお詫び申し上げます。本日、当該プロモーション動画の配信を停止いたしました。頂戴いたしました、多くのご意見・ご指摘を真摯に受け止め、今後このようなことがなきよう努めてまいります。引き続き、写真の素晴らしさを多くの皆様に共感をもって受け止めていただけるよう取り組んでまいります。―

富士フイルムが今回最初に謝罪すべき対象は、まずはストリートで盗み撮りされた人達です。撮影されたくないのにカメラを突然向けられて不快な思いをしている人達に謝罪した上で、それを見て不快に思った人たちにも謝罪する必要があったといえます。つまり、ステークホルダーの記載が抜けていたのです。そもそもアップで撮影して、個人が特定できる映像となっている場合、本人の許可なくプロモーション映像として使用すれば肖像権侵害にもなります。フイルムを扱う企業としてはあまりにも脇が甘いと言わざるをません。吉野さんも「どうしてこういった定型文のままといった雑な謝罪文を出してしまうのか。炎上は日常茶飯事。勉強が足りない」と指摘しました。

加えて、私が不要だと感じた目障りな言葉が、最後の一文にある「写真の素晴らしさを」の表現。謝罪文なのに「素晴らしい」といった言葉が場違いなのです。平時と同じ感覚、プロモーション的な表現が謝罪を中途半端にしてしまいました。「今後このようなことがなきよう努めてまいります」で終わらせた方が反省と決意の気持ちが伝わったといえます。

このように、最重要ステークホルダーが抜けてしまう、最後に余計な一文を入れてしまう、といった過ちは、富士フイルムに限りません。私は相談を受けてチェックをする立場ですが、この2つは抜けがちです。同じ過ちを起こさないようにするためには、謝罪文を書いた後に客観的視点でよく見なおしてみることです。誰が被害者か、何を反省すべきか、文章はどう受け止められるだろうか、と。

東大の見解文が丁寧に見える理由

吉野さんが高く評価した、東大の大澤特任准教授の懲戒処分に関する見解文をみてみましょう。タイトルは「懲戒処分の公表について」。
「認定する事実」として下記を列挙してあります。

―大澤特任准教授は、ツイッターの自らのアカウントにおいて、プロフィールに「東大最年少准教授」と記載し、以下の投稿を行った。
(1) 国籍又は民族を理由とする差別的な投稿
(2) 本学大学院情報学環に設置されたアジア情報社会コースが反日勢力に支配されているかのような印象を与え、社会的評価を低下させる投稿
(3) 本学東洋文化研究所が特定の国の支配下にあるかのような印象を与え、社会的評価を低下させる投稿
(4) 元本学特任教員を根拠なく誹謗・中傷する投稿
(5) 本学大学院情報学環に所属する教員の人格権を侵害する投稿―

このように事実を記載すると「事実に向き合っている」とされ、好感度を上げます。これらの差別的発言の事実が規則違反であることから懲戒解雇としたことを記載し、規則と公表基準のPDFを添付。その上で、大学側の見解を述べています。東京大学憲章の前文を掲載。「構成員の多様性が本質的に重要な意味をもつことを認識し、すべての構成員が国籍、性別、年齢、言語、宗教、政治上その他の意見、出身、財産、門地その他の地位、婚姻上の地位、家庭における地位、障害、疾患、経歴等の事由によって差別されることのないことを保障し、広く大学の活動に参画する機会をもつことができるように努める」。これに違反した当該准教授の差別的発言は「許されない」として断罪し、「世界に開かれた大学として、本学の教職員・学生のみならず、本学に関わる全ての人々が、国籍や民族をはじめとするあらゆる個人の属性によって差別されることなく活躍できる環境の整備を、今後も進めていく所存です」、と今後の決意表明をしています。

お気づきの方もいると思いますが、これは謝罪文ではありません。大学は企業とは異なる組織体ですので、教授や生徒の差別発言について謝罪をするとかえって違和感を引き起こすでしょう。厳しい処分をするメッセージでよいのです。このように組織体によって、あるいは起こった問題によってコメントの文章は異なります。東大の方が拡張高く丁寧な印象を与える理由は、吉野さんも指摘しているように、大学のビジョンを示しているからです。しかし、単にビジョンを書くことを真似するだけでは共感は得られません。何が許されない行為なのか、誰がどこを反省すべきなのか、原点はどこで、どうありたいのか、を深く掘り下げる言葉があってこそ、生きた言葉になります。

研究者である吉野さんからはさまざまな質問を受けました。「なぜ雑な謝罪文が横行するのか」「なぜ広報担当者は他社に学ばないのか」「なぜ過去に学ばないのか」。ネガティブな事象に向き合うには相当なエネルギーが必要であること、広報学会でも研究が少ないことなど様々あります。詳しくはこちらの吉野氏との対談動画をご覧ください。

「謝罪リリースのあり方について」(リスクマネジメント・ジャーナル)
https://www.youtube.com/watch?v=i0zMscSTd5U&feature=youtu.be&fbclid=IwAR2sD_jkXkCQGRSVzPNfHHIaTDIIppyfEBqCGyvXNnl_jPVu8_37g034ES4

【吉野ヒロ子氏プロフィール】
帝京大学文学部社会学科専任講師(広報論・広告論)。博士(社会情報学)
内外切抜通信社特別研究員、日本広報学会理事、。博士論文「ネット炎上を生み出すメディア環境と炎上参加者の特徴の研究」、『つながりをリノベーションする時代』(弘文堂・共著)ほか)

<参考サイト>
フジフイルム ストリート動画炎上問題の経緯
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2002/05/news136.html

東大 大澤特任准教授の懲戒処分に関するリリース
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z1304_00124.html

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