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第27回 三菱マテリアル、クライシスコミュニケーションを小手先の手法と考えてないだろうか

あの記者会見はこう見えた!

石川 慶子氏

2018年6月22日、三菱マテリアルは同日付で就任した小野直樹社長の就任会見を開きました。2017年から発覚した品質不正問題が相次いだことを受け、竹内章社長が引責辞任したことを受けての会見でした。私がこの報道で思い出したのは、2014年の三菱マテリアルの工場火災での対応。クライシスコミュニケーションとしては模範的でした。このことは初動が完璧でも本気で企業風土改革、リスクマネジメント体制構築できなければ体質は改善しないことを表しているともいえます。工場火災事故と今回の品質不正を振り返って考察してみたいと思います。

  • 四日市工場での初動対応では完璧だったが

2014年1月9日14時9分、三菱マテリアルの四日市工場で爆発火災事故が発生しました。同社は同日中に四日市工場にて工場長が記者会見を開きました。発表した公式見解者文面は「弊社および協力会社従業員5名の尊い命が失われ、12名の方が負傷するという結果を招きましたことは、誠に申し訳なく謹んでお詫び申し上げます」と、従業員と協力会社社員の死亡者と負傷者が出た結果へのお詫び、「ご遺族に対し衷心よりお悔やみ申し上げますとともに、負傷された方々の一日も早い回復をお祈り申し上げます」とした後に、「近隣にお住まいの方々をはじめとする関係各位に多大なるご心配、ご迷惑をおかけしておりますことを、深くお詫びもう上げます」とあり、現在判明していることを箇条書きにしていました。

発生当日起きた場所で現場のトップが会見をする、コメントを出す、判明している事実を箇条書きで整理して出す、といった一連の流れを見ているとメディアトレーニングがなされていたことがわかります。2日後の11日は、社長が四日市市で作業服にて会見を行いました。具体的な原因は不明としつつも「熱交換器の洗浄作業が作業員の経験則に頼った感覚的な手順になっていた」ことを認めたのです。さらに「規定を守っていて事故が起こったのならば、規定に何等かの問題があったということ。もう少し科学的・客観的な方法がなかったものかと考えている」と具体的に現在の考えを明らかにしました。

発生直後は「原因不明」で押し通すケースが多いのですが、自分達が自覚した不備については認めることによって再発防止の方向性の糸口が見つかるため、報道される回数も減り、結果として報道によるダメージを軽減することにつながります。このケースが模範的なのは、作業規定に問題があったと自分達の不備を認めたこと、作業規定の見直しをすること、見直しにあたっては外部の専門家意見を入れることを明言することで再発防止の道筋を見せることができました。

しかしながらこの「自分達の不備を認める」といったことがなかなかできないケースがほとんどです。不備を認めれば、減給や降格といった処分対象になるからです。そのため半年、一年すったもんだを繰り返すのが一般的なパターンです。その往生際の悪さが批判の対象となってネガティブ報道が繰り返されます。二日後に自分達の不備を認めて再発防止の道筋を示したこのスピード判断は模範的だといえます。また、服装もスーツではなく、作業服でした。現場と気持ちが一緒であることを伝える力があったといえます。

  • 本社は後手後手対応、先行事案は他人事だった

一方、同じ会社でありながら品質不正では後手後手の対応でした。2017年11月24日にグループで検査記録データの書き換え不正を公表、2018年2月にも発覚し、6月8日では本体での不正も見つかり、グループ全体で問題製品の出荷先は800件以上(2018年6月22日)で、同じ不正をした神戸製鋼所を上回っています。

では、今回のトップ交代で企業風土改革は進むのでしょうか。残念ながら、竹内章氏が社長を辞任しても会長職にとどまることから抜本的な改革には至らないのではないかと見えます。トップは辞任すればいいとは言えませんが、会長に昇格しているように見える責任の取り方では何も変えない、というメッセージになります。記者会見さえ乗り切れば元の平安な体制になると思っているかのようです。会長であれば記者会見に出る必要はなく、院政で力を振るうことがむしろもっと容易になります。

それにしても、なぜ、2017年11月の公表後も不正発覚の連鎖は続いたのでしょうか。2018年3月28日に公表された特別調査委員会の最終報告書の中で私が着目したのは、不適切行為の原因・背景事情の項目です。指摘されたのは先行事案を他人事と考える風土の問題です。

調査書に報告されていた「そもそも問題がよくわからないので、コンプライアンスといっても何をしてよいか分からない」といった社員のコメントは現場の実態をよく表しているといえます。「いつものようにやっていればいい」といった従来慣行への依拠、先行事案は「他人事」という意識、そして、自らの仕事の意味や「製造事業者としてのあるべき行動」を考える暇もなく、業務に追われていたことを指摘しています。

ここからいえることは、対応力だけ磨いていても解決には至らないということ、リスクマネジメントにつながらないということです。失敗事例を「自分事化」してそこから教訓を学び自分の仕事の意味を考えていくことが本当の意味で再発防止につながります。クライシスコミュニケーションを小手先の手法と考えるのではなく、改革の第一歩と位置付け、失敗を繰り返さない組織にするための強い決意、体制構築、企業風土づくりが欠かせないのです。

2018年3月28日 不適合製品に関する特別調査委員会最終報告書
http://www.mmc.co.jp/corporate/ja/news/press/2018/pdf/18-0328a.pdf

2018年6月25日 日経産業新聞2面「三菱マテリアル 不正受け新体制 信頼回復遠く」
2014年1月9日 時事ドットコム
https://www.jiji.com/jc/d4?p=mit109-jpp016433685&d=d4_ee

2014年1月11日 日経新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1102H_R10C14A1CC1000/

著者:石川慶子氏

有限会社シン 取締役社長
日本リスクマネジャー&コンサルタント協会 理事
公共コミュニケーション学会 理事
日本広報学会 理事
公式ページ:http://ishikawakeiko.net/
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