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第67回 会社と社員の関係について

リスク政策

千葉科学大学 危機管理学部 危機管理システム学科教授 木村栄宏 著

現在、「働き方改革」が国により提示され、様々な動きが生じている。この背景には、日本が今後、大規模な生産年齢人口(15歳~64歳)の減少に向かっていくことにあるが、それを踏まえ、日本の成長維持のために不可欠のものとして、企業や暮らし方の文化を変えることで、一億総活躍社会の実現に向けたものがこの「働き方改革」である。
2017年3月提示されたその実行計画案の骨子として、「同一労働同一賃金など非正規の処遇改善」「賃金引上げと労働生産性向上」「罰則付き時間外労働の上限規制の導入など長時間労働の是正」「柔軟な働き方がしやすい環境整備」「子育て・介護等と仕事の両立、障害者の就労」「外国人材の受入れ」等々があげられており、テレワークの導入支援や副業・兼業の推進、女性のリカレント教育支援といった具体項目が示されている。

この改革は、従来の日本的な企業文化や社会風土も含めて変え、多様な働き方を可能とすることで、閉塞感のある社会や格差の固定化といった社会の不満を解消させ、成長と分配の好循環を図る狙いがあるとされる。

では、こうした動きは、働く個々人にとってどのような意義を持っているのか。多様な働き方が可能になり、働きやすい職場が増え、自己実現が図れ、社風全体も人口減の中で成長と活性化が維持できるならば、まさに明るい大いなる意義を持つ。

そこで、上記を契機に、以下、今までの我々の働き方について改めて整理することで、会社・組織と個人との関係を再考してみる。

1.対等な関係へ変わる(べき)会社と社員

かつて会社は、社員にとって、暗黙の契約と信頼の上に長期的な安定生活を与えてくれる組織だった。しかし、現在は多様な価値観を持つ個人にとって、会社は多様な就業形態を提供する組織のひとつという位置付けに変化した。互いの関係は相対化し、緊張関係が増したと同時に、社員同士においても、会社内におけるコミュニケーションが薄れ、乾いた関係になっている。

一方では、バブル崩壊後、10年を経てもなお、景気低迷に苦しむ日本経済の中で、業績主義、成果主義、リストラ、人材の市場価値、コンピテンシー等々、様々な人事制度や考え方が日本へ紹介されてきた。そして既にバブル崩壊から20年以上経過した。しかし、この20年間を見ると、多様な攻めを仕掛ける会社に対し、社員だけが土俵を寄りきられようとされているかのように見える。
だが、改めて考えると、会社と社員の関係とはそんな一方的なものだろうか。

そこで、まず、会社と社員の関係を雇用、賃金、人事の観点から、従来(戦後以降)と現在(といってもこの10~20年に進んだもの)生じてきた動きに分けて第1表で概括した。

雇用、賃金、人事という切り口からみてみると、確かに今までの会社と社員の蜜月時代かは終わり、会社依存の社員養成の観点は会社にはなくなっている。長期雇用(終身雇用)、年功制賃金制度、結果として社内の中でだけ通用する会社主導による社内OJTや研修、キャリアパス制度は、会社の生き残りのためには維持できなくなった。会社はもはや社員の面倒はみられない、個人も仕方なくサバイバルするために自己武装する、そのための手段として会社は成果主義や年俸制を取り入れ、毎年毎年が勝負の賃金形態とし、本来の成果主義の目的とは反して結果としての人件費削減を意図したりする。社員は成果主義が導入されても人事評価が不公正・不透明な場合は会社を見限り、自助努力と自己責任で他社に転職したり、独立も考える。会社の社員に対する考え方が大きく変わってきているので、社員はそれに何とか対応しなければならない、という傾向を感じるが、実は厳しい選択を迫られているのは、会社も社員も同じである。

例えば、会社が成果主義の名を借りて、コスト削減のために賃金を抑制したり、結果的に人件費を大きく切り下げたとする。その結果、営業利益は改善されても、社員の不満がモラルダウンを生じさせ、その会社の製品の質がダウンすれば、たとえ安くて価格競争力に秀でた製品となろうとも、消費者や株式市場はその製品や会社を長くはマーケットにとどめないだろう。デフレ経済下の場合を考えても、安かろう悪かろうでは結局長くは製品は売れず、ブランドや信頼は薄れ、すると会社の業績は落ち、社員の給料も減り、会社も社員も不幸なことになってしまう。

最も重要、かつ投資効果が期待される「人材」という経営資源、これを知的資産と会社が認識しない場合には、社員は会社を見限ってしまう。社員に対する会社自身の考え方次第で社員も会社を評価する。例えば、会社が早期退職優遇制度を導入すると、辞めて欲しい中高年は手をあげず、辞めて欲しくない優秀な中堅・若手層がどんどん手をあげて去っていくという構図も、よく聞かれてきた事実であろう。しかし、従前の会社と社員の関係から類推すれば、これは当然のことである。なぜなら、会社との暗黙の長期雇用契約を信じてきた中高年にとっては、生活費、住宅ローン、教育費等が最も経費のかかる時代(つまり、中高年時)の安定雇用と高賃金を夢見て頑張った以上、しがみつくしかない。会社への暗黙の契約と信頼の下に、会社任せのジョブ配置や社内教育に浸った結果、もはや人材として他流試合のできる市場価値もない。かたや中堅・若手層は、今まで自分の会社に対する貢献度、生産性に見合った賃金報酬はもらえず、中高年に厚く配分されてきたという不満が多いため、得失計算した結果、自分にメリットがないと思えば別の会社や他の道を選ぶ。

このように会社と社員との関係が暗黙の契約・信頼関係から、個々別個に独立したものとしてもはや依存が許されない関係になってきた状況で、社員にとっては「エンプロイアビリティ」が大事だということが、浸透してきた。ちなみに、「エンプロイアビリティ」とは「雇用される能力」であり、他の企業でも雇用されるだけの能力を個人が持つことを示し、1980年代にアメリカで導入された後、1990年代に入り不況が長期化している日本に持ち込まれた。一方、会社の持つ「エンプロイメンタビリティ」に対する認識は、いまだに薄い。「エンプロイメンタビリティ」は、エンプロイアビリティと対をなす考え方で、企業側がその企業にとって優秀で必要な個人をいかに雇用できるか、という会社自身の人材獲得能力であり、その会社の今後の成長可能性も示す(参考:高橋俊介「キャリア論」東洋経済新報社 ほか)。社員にとって「エンプロイアビリティ」が大事であると同様、会社にとっては、「エンプロイメンタビリティ」が大事だということは、もっと強調され、広く認識されるべきではないかと考える。

社員の意識としては、会社からいくらもらうかという報酬面も大事だが、個々人が各々どう会社に参画していくか、どう自分自身が納得して仕事をしていくか、というように、働く動機も多様化している。会社側も社員に付加価値を与えなければ、社員も会社の企業価値向上に貢献できなくなっている、ということではないか。とすれば、いかにその会社に有用な優れた人的資産(人材)を獲得するか、そのためには会社自身のエンプロイメンタビリティを磨かねばならない。

では、そうした会社と社員とのいわば「対等な関係」は、今後どう進展するか。振り返れば、既に2002年に、松井証券㈱の、同社が理想とする「社員と会社が対等である」という考え方を具体化したケースもある。2002年3月末をもって退職金制度を廃止し、企業年金(日本証券業厚生年金基金)からも脱退し、退職金という賃金の後払いの考え方が、実力主義による賃金配分を進めている同社の考え方とはなじまないというのが背景であった。実力主義による賃金配分は会社と社員が対等であることが前提であり、それを維持するためには互いの緊張関係が必要である、というものである。実際には、大方の企業では当時はこの動きに様子見であった。日本の場合、転職者は増えているものの、人材流動市場が全業種でまだまだ必ずしも整備されているわけではない。いきなり、会社と社員は対等だと言われても、社員側の認識もすぐには進まない。近時の大企業不祥事が概ね「社内告発」によって明るみに出ているのも、人材流動市場が整っていない状況下においては、会社の不正に対して社員が自ら会社を見限って退職するのではなく、「社内告発」という形で「現経営陣の交代」を目指した方が合理的と考えたこともあろう。簡単に会社を辞め、会社と社員が対等に向かい合えるには、全業種・全年齢で人材流動市場が整備するまでは実はまだ時間がかかるのも確かかもしれない。

しかし、こうした状況にあるとしても、会社と社員の関係は今動きの出てきている「対等の関係」を更に越えた、「大人の関係」を目指すべきだと考えている。その背景と、実際のケースとしてひとつの事例を挙げたい。

2.ネットワーク・セキュリティ業界にみる会社と社員の「大人の関係」

日本で急成長し、今後とも社会に必須の産業のひとつに、ネットワーク・セキュリティ業界がある。この分野は、企業のネットワークへの不正進入監視やウイルス対策等に代表されるような、ネットワーク全体のセキュリティを守るためのシステム構築やソフトの提供、あるいは運用監視を行う企業で構成される。アメリカをはじめとする先進諸国に比べれば、日本の場合はY2K(2000年)問題が終わってから漸く意識にのぼってきた程度だったのが、この10年来のネット社会の進展、ウイルス対策で情報セキュリティにコストをかける意識が普通になり、急成長を続けている。市場規模でみれば2001年で1000億円程度が2015年度で約1兆円という数字があるように、急成長している。

そうした急成長市場で日々激しい競争をしているはずの会社たちが、すごく「大人の関係」にある。それは、この業界の会社同士だけでなく、その会社に勤める社員同士も同様であり、これからの新しい「会社と社員の関係」を示唆する。
(以下は、異論があるかもしれないが、過去の体験に基づく見解である。)

第一に、敵がいない。

確立された市場分野であれ、ニッチであれ、新製品による新市場創出を狙う場合であれ、規模や質の差、あるいは今は目に見えていてもいなくても、競合企業は存在する。公共企業体であっても、規制緩和で民間との競争に汲々としている。ところが、ネットワーク・セキュリティ業界では、「昨日の敵は今日の友」でなく、「今日の敵は今日の友」なのである。どういうことかというと、例えば某大手企業や大手コンピュータベンダーが過半を出資しているような企業は、顧客に対して必ずしも株主の系列企業の供給するソフトや、親会社のハードを売らない。むしろ、この顧客にはライバル会社の製品が良いと判断すれば、積極的に親会社や資本系列以外の、ライバル企業の製品やソフトを奨める。

あるいは、自社で情報セキュリティのための運用監視ツールを持ち、自社で監視センターを運営して顧客開拓をしている企業は、一方ではライバル企業の運用監視ツールの販売代理店となって、積極的に売りこみも行う。システム・インテグレータと呼ばれる業種も似ているが、それらは元々オープンシステム化が進んだこととコンサルティングによりシステム開発していく、という特性であるのに対し、ネットワーク・セキュリティ業界の場合は、遥かに徹底している。
古い頭で考えれば、新規成長市場であればあるほど、自社製品や系列製品で市場シェアをいち早く抑え、そのためには価格競争になっても仕方ない、それが合理的行動だと思うのだが、実情は違う。

第二に、寛容である。

某社では、新規顧客開拓のために、有料でセキュリティツールを実際に経験してもらうためのセミナーを定期的に主催しているが、参加者のほとんどはいわゆる同業者であるという。有料とは言え、自社製品の全てをさらけだす内容だから、通常であれば自ら「競争優位」を捨てるようなものである。

もちろん、今や大企業同士が統合・合併の時代であり、ゴーン氏により再建した日産のように系列否定は当たり前の時代、技術をオープンにするのも古くはVHSを始め、先例はいくつでもある。しかし、それらとネットワーク・セキュリティ業界とではいささか様子が違う。前者がまず「資本系列」「自社関連製品シェア優先」による利益獲得の時代を経た上で、統合・オープン化を進めざるを得なかったのに対し、後者は、市場がまだ産声をあげる初期段階から、「みんなで一緒に成長しよう、まず市場を大きくするのが先決、その為には協力しあって顧客を啓蒙し、パイを増やそう」と自然発生的に出てきた行動だという点だ。しかも、当事者の方々に問い合わせても、いわば談合的に力を合わせて、という雰囲気は全くなくて、「言われてみればそうですが、自分の判断でどの製品を売るかを決めるのは普通のことじゃないんですか。それがたまたまライバル製品を奨めることになり、その製品を組み込んで売ることになっても」と、極めて自然体である。

「大人の関係」という語感からは、男と女が互いに肩に背負った様々な重荷を相手にみせることなく、洗練された割り切ったクールな関係、決してどろどろした任侠沙汰、あるいは騙した・騙されたが生じない、共存共栄の関係というイメージがあるが、これからの会社と社員の関係を的確に表していると考える。

例えば、当業界を初めとした新興市場を形作る企業に勤務する人達には、転職者が多い。一生ひとつの資本系列に勤務するような雇用形態は目に見えて崩壊している今、雇用の流動化時代には、生まれるべくして生じてきた在り方ではないだろうか。あくまでも自分の価値判断が第一であり、この顧客には自社製品が合わないと思えば、その顧客のためにライバル会社の製品を奨める……自分自身も、1年後にはライバル会社に入っているかもしれない。その時には双方の製品の優位点がわかっているから、顧客のニーズに本当に合致したものはどちらか、自信を持って言うことが出きる……顧客は満足するから、結局業界全体としての市場は伸びていく………。会社も社員も、双方メリットが享受できる。
あるいは、オランダを1970年代の長期低迷から脱却させた1982年の「ワッセナーの合意」も、雇用者側と被雇用者側が互いに大人の関係になったからこそ、可能になった例だ。雇用者側は賃金抑制の協定を飲み、企業はこれにより投資や収益の増大を図り、国は税金や公共料金の減免で労働者の負担を減らした。また、成長しているある生命保険会社では、コンサル営業を売り物にしているが、実際、自社の保険商品が顧客のニーズに合っていないと判断した際には、ライバル会社の保険を本気で奨める。その公平な態度と他社商品も含めた深い知識から、新規顧客を増やし、会社も社員も収入が増え、業界全体も切磋琢磨して成長に繋がる。会社と社員は、「敵」ではないし、互いに「寛容」である必要もある。
このように、ネットワーク・セキュリティ業界を例に、次第に「大人の関係」が育つ土壌が生じたと思われる状況を示した。しかし、「大人の関係」を維持する為には、当事者双方が成熟した大人であるという前提と、それなりのコストをかけねばならない必要がある。そこで次に、会社と社員が「大人の関係」になるための前提となる仕組みや意識について、以下のことを指摘したい。

3.「大人の関係」をもたらす仕組みとは

まず、会社が社員と「大人の関係」を作り、維持するために必要となることは、社員への具体的な考え方の提示や、実際にそのための制度を導入することだ。それを表わすキーワードは、ES、EAP、EtoBの3Eだと考える。ESはEmployee Satisfaction(従業員満足)、EAPはEmployee Assistance Program(従業員支援制度)、EtoBはEmployee to Business(従業員に対する市場)である。

ESは、労働観や価値観が多様化している社員(従業員)にとっての基本となる。マズローの欲求段階説を持ち出すまでもなく、働き甲斐、やりがいのない会社生活は、社員にとっても会社にとっても不幸である。エンプロイアビリティがない社員、エンプロイメンタビリティがない会社は存続が難しくなる。社員は重要なStakeholdersのひとつであり、社員の満足がなければ互いの関係は葛藤や闘争に移ってしまう。会社と社員が大人の関係を維持しながら、満足を互いに得るには、就業規則で社員の兼職を禁止するようなことも不要だろう。会社の業務に支障を与えず、会社の職場秩序に影響しないならば、別の仕事であろうと、ボランティアであろうと、政治活動であろうと、公職であろうと、個人にとっては同一である。別の仕事やボランティア活動等により疲労した結果、欠勤したりミスしたりすれば、労働力提供違反になろうが、そうでなければ、中立である。会社以外の活動から金銭を受けとるか否かにかかわらず、その社員は別の仕事や活動により、その会社の企業価値に貢献するかもしれないし、しないかもしれない。保守的な旧来の会社の会議等では、何を言ったかで無く「誰が」言ったかによってものごとが決まることも多々あるというが、同じことでも得てして社外の人やマスコミ等で評価されたり指摘されると、他流試合に勝った者として急に認められることもあろう。社員の自己実現欲求という点からも、社員が活性化することで会社も発展するという観点からも、意義がある。会社依存をやめて個の確立を、と会社が社員に指示するのであれば、兼職禁止ではなく、むしろ兼職を推奨すべきだろう。既に会社と社員の雇用形態としては「個人事業主」として対等に契約する形など、多様な形が過去10年~20年来、どんどん出てきている。社員が仮に兼職の結果、会社に有形無形の損害をもたらせばもちろん厳しく対応するが、そうでなければ「寛容」であり「味方」である、そうした関係を取れることが、大人の関係と考える(そうした点から、今回の「働き方改革」における兼職のすすめは、時宜に合ったものである)。

EAPは日本でもかなり浸透している、カウンセリングのアウトソーシングである。守秘義務が絶対に守られた上で、会社の費用で社員のあらゆる相談毎に専門カウンセラーが対応するものだ。相談内容は職場での人間関係、今後のキャリアの悩み、退職や転職といった会社に関わるものから、金銭問題、相続問題、近隣とのトラブル、親の介護問題から失恋、不倫など、実に様々である。通常社員1人当たり数千円とか1万円とかに社員数をかけた料金を年額で払い、オプションとして社員メンタルヘルス研修や管理職研修コーチング研修等も行うものが一般的である。わざわざ外部にアウトソーシングしなくても、社内カウンセラー制度で対応すればよいかもしれないが、なかなか社内の人間にそうした悩みは言いにくく、どうしても人事評価を気にしてしまう。対投資コストを勘案して、導入形態を決める会社が多いが、EAP自体には、社員の生産性向上、定着率の向上、人材採用面でのメリット、自殺の防止等、会社と社員双方にメリットがある。会社の費用で恋愛問題や近隣との訴訟問題に関する相談に応じるのはいかがなものか、という意見もあるが、アメリカではFortune500社のうち90%の企業に導入されているほど実績があり、会社として投資効果があるものとされている。今後は日本でも、その会社が「EAP制度を導入しているかどうか」を企業を選ぶ際の重要な条件のひとつ、と考える求職者が増えるかもしれない。社員を助けるこうしたEAP制度を会社が導入することは、大人の関係ではなく、会社が社員を見下ろすものではないか、という疑問が出るかもしれない。それに対しては、社員という知的資産の有効活用のためのインフラを整えることは会社にとっての基本的な設備投資であり、会社を守るための通常の労務管理活動のベースと考えるべきだろう。EAPは、ESのひとつとも言える。

EtoBは、会社と社員間でのビジネスである。例えば、半導体製造企業でも、家電のように自家消費製品を抱える企業は、半導体単独製造企業に比べてICサイクルの波に対する耐性に幾分優れると同様、社員の購買力や社員ネットワークを会社が利用し、社員も会社からビジネスを通じたメリットを享受する手段として、EtoB(あるいはBtoE)が利用できる。例えば、日立ではグループ社員数10万人であり、日立製品だけでなく様々な品目がネット等でやり取りされているという。グループとして規模も少なく、ビジネス規模にはなりえない、というケースも多々あるが、一企業系列だけでなく、協力企業、アライアンス企業、同業種や類似業界等々、範囲を広げていくことで規模の経済と範囲の経済が広がり、会社と社員の双方にメリットが生じることに繋がる。

もちろん、今は CtoC(Consumer to Consumer)の時代となっており、メルカリをはじめとするフリマアプリにより、CtoC市場規模は1兆4000~8000億円ともいわれている状況(モバイルコマース市場自体の急成長)で、EtoBは規模も広がりも薄い、という捉え方もできる。しかし、大人の関係を目指す会社と社員にとっては重要な媒介でありプラットフォームと考えても良いのではないだろうか。

では、社員にとっては、会社と「大人の関係」を作り、維持するために何が必要か。それは、ライフデザイン力の涵養と、キャリアに対するリスクマネジメント力(代表が、メンタルタフネス(精神的な強靭さ)の獲得)につきると考える。

ライフデザイン力というのは、いわば自分が「持株会社」と置き換えてみる発想である。

持株会社は、過去、足掛け3年余におよぶ商法改正により、日本でもスピーディな企業再編がやりやすくなったその再編手法のひとつである。異なる企業間の方針や風土を、徐々に融合するのにも有用であり、持株会社導入を選択する企業統合形態は、今では一般的になっている。「自分が持株会社だと置き換える」という意味は、ある会社の社員であるという関係を「唯一絶対」と考えないということである。他の会社との兼職、友人のベンチャーの監査役としての参加、ボランティア事業等々といったいくつもの自分の社会との関わり方、活動形態を客観的にコントロールし、「自分」という全体事業からみてひとつの活動が全体に寄与しているかどうかを常に監視・コントロールし、一方では自ら執行する。
組織再編手法の中でも合併形態は、互いの風土や企業方針の浸透に時間がかかり、リスクが多いと言われる。持株会社の下にぶら下がるのであれば、合併と違って対等であるし、既存の組織の諸制度を変える必要もすぐには必要ない。ある会社の「社員」であることは、「自分という持株会社」のひとつの事業会社という形態にすぎない、と捉えれば、ある会社との関係も全体の中の一部として客観視できる。ある会社の社員という立場への参加を決めたら、入社にあたっては給料の(例えば)30%は最初から出資やストックオプションに振替えるという契約を会社と交渉するのもひとつである。あくまでも自分という持株会社の下にグループ経営を行う、という観点は、「ある会社と社員の関係」を「他人の関係として」位置付けることに役立つと思われる。しかし、実は、既にかなりの方が、地域社会との繋がりや趣味のサークル等を通して、そうした行動を意識せずとも取っているのではないか。であれば、自ずとスムーズに自分を持ち株会社化できるだろう。
キャリアに対するリスクマネジメント力は、いうまでもなく、様々なキャリアチェンジを余儀なくされる現在にあって、メンタルタフネス(精神的な強靭さ)を日頃から培っていくことを筆頭とするが、「未知のリスク」を「知っているリスク」に代える、まさに予防力である。

以上、会社と社員の新しい関係について、「大人の関係」を目指すべき、という観点から述べた。ここ10年来の雇用や賃金、人事を巡ってのいろいろな動き、試みは、すべて会社と社員の新しい関係を構築するための試行錯誤ともいえる。醒めていながらも互いにWIN-WINを目指すことで、大人の関係という新たなステージに、会社だけでなく、日本社会全体が進むことが可能である。そのためには、会社自体もES、EAP、EtoBといった意識や仕組みをはっきり持ち、一方、社員も自分自身がひとつの「事業体」であるという意識の下に、会社との関係を構築していく必要がある。会社と社員(あるいは組織と個人)が真に「大人の関係」になったとき、日本経済の本当の意味での活性化に繋がると考える。(なお、「働き方改革」については更に別の機会に論じてみたい。)
以上

参考文献・引用資料等
「働き方改革実行計画」
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/pdf/20170328/01.pdf#search=%27%E5%83%8D%E3%81%8D%E6%96%B9%E6%94%B9%E9%9D%A9%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E8%A8%88%E7%94%BB%27

「働き方改革実行計画概要」
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/pdf/20170328/05.pdf#search=%27%E5%83%8D%E3%81%8D%E6%96%B9%E6%94%B9%E9%9D%A9%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E8%A8%88%E7%94%BB%27

高橋俊介「キャリア論」東洋経済新報社
高橋俊介「人材マネジメント論―儲かる仕組みの崩壊で変わる人材マネジメント」東洋経済新報社
高橋俊介「21世紀のキャリア論」東洋経済新報社
木村栄宏「経営戦略としてのEAP(従業員支援プログラム)
日本国際情報学会紀要 NO3, 47-57(2006)
http://gscs.jp/c_papers/c_files/kimura03-5.pdf

ほか

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