産業法務の視点から
平川 博氏
1.民間療法という概念の曖昧さ
大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの池田光穂教授が管理・運営している「いま、なぜ民間療法か?」と題するウェブページでは、「あいまいな民間医療」という見出しの下に、以下のように記載されています。
あるひとは中国医学(「漢方」というのは日本語である)やインドのアーユルベーダーといった、現地では正統的な医療と見なされているものを想像する。村落社会で古くから伝わった民間医薬(たとえば、センブリの煎じ薬)や「まじない」(小児の疳[かん]の虫封じに人形を神社に奉納する)が民間医療であるとすることもある。また、高麗人参、紅茶キノコ、アロエ、霊芝、クロレラ、ローヤルゼリー、マコモ、から、アルカリ食品、ゲルマニウム、カルシウムに至る「薬用物」や「健康食品」による治病や健康維持法をそのように呼ぶこともある。あるいは、信仰や呪術といった宗教による治病を民間医療とすることもある。
このように民間医療のイメージは、ひとことで言えば雑多であり、ひとつの概念や定義でまとめることはできない。なぜなら、私たちは、近代医療で取り扱われなかったものを、十把一絡げにして「民間医療」と呼んできたからに他ならない。
(http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/990219minka.html)
このように、民間療法という用語は近代医療や西洋医学との対語であり、中国医学やアーユルベーダーのような東洋医学は、現地では正統的な医療と見なされているにも拘皆わらず民間療法として扱われることになります。
2.民間療法に対する不信感
引き続き、「いま、なぜ民間療法か?」と題するウェブページでは、「あいまいな民間医療」という見出しの下に、以下のように記載されています。
近代医療的な見方による「民間療法批判」には、その具体的な内実について言及するよりも、予め準備されたステレオタイプによって攻撃されることが多いことは指摘しておかねばならない。この偏見に満ちた民間療法批判には、おもに近代医療が引き受けられなかったものが多く登場する。たとえば「非科学的」「科学的に信頼できない」「効かない」「迷信」「非合理的」(近代医療の「効き目」は合理的である)」「経験的」「副作用がない」などという、どちらかというと否定的なレッテルが多い。
そして民間療法がこのような偏見に対して抗弁するとき、それは途端に近代医療に流し目をおくるようになるのである。すなわち、それは「現代医学でも証明されて」おり「医学界でも認められている」、また「権威ある機関で研究されている」ということであり、「民間療法は効かない」という神話に対抗する「反神話」を提示するのである。しかし、この戦術は近代医療の「名声」を高めることはあれ、民間療法のそれを高めることにならないと、私は思う。人びとは、民間療法にたいして近代医療ができない「なにものか」を求める気持ちがもっと強いのではないか。第一、近代医療がそんなに腰軽に民間療法を褒めるとは考えられない。だから、民間療法はいよいよ怪しくなっていくのである。自信をもって公言する「効用」と、その背景にある近代医療への従属によって。
(前同)
ところで、滋賀医科大学第三内科の繁田幸男教授が執筆した「民間療法の実態 と対応」(糖尿病35巻10号(1992)789頁以下)と題する論説では、「糖尿病の民 間療法の実態」という見出しの下に、「最近滋賀県に”糖尿封じのお寺”があるという話を聞いた。ボケ封じや癌封じというのはよく聞くが糖尿封じとは耳よりな話だというので、医局員が訪問したのが櫟野(らくや)寺である。この寺は延暦11年(792年)、伝教大師により開基され、十一面観音(重要文化財)を本尊とした由緒ある寺である。糖尿病封じの祈願は明治の中頃から始まった由で、これも意外に長い歴史がある。寺の境内には樹令千年以上といわれる”いちいの古木”があり、この葉や樹皮を煎じて薬湯としている。糖尿病封じの祈願は本尊御開帳の11月3日で、この日に薬湯を参拝者に提供しているという」と記載されています。
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo1958/35/10/35_10_789/_pdf)
因みに、櫟野寺HPの「年中行事」というカテ中、「11月3日 糖尿封じ(健康祈願)」と題するウェブページでは、「糖尿封じの特別祈願が厳修され、健康長寿の霊湯が授与されます。 糖尿封じは、江戸末期から明治はじめに贅沢病といわれ、病に侵されていた信者が、救いを求めた際、当時の住職が、御本尊と同じ霊木を煎じ、霊湯を授け祈願し病を封じたことにより、今日、万病消滅を観音さまに祈っております。 現代病、万病の元と言われる糖尿病を封じ、健康に日々が送れる有難さを自覚していただく機会になっています」と記載されています。
(http://www.rakuyaji.jp/gyouji07.html)
これらの記事を併せて読むと、櫟野寺で霊湯と呼ばれているものは、霊木と呼ばれている「いちいの古木」の葉や樹皮を煎じて作った薬湯ということになります。そして「薬食療法百科」というサイトの「イチイ」と題するウェブページでは、「イチイは常緑高木で日本の北部に自生しています。昔から飛騨位山産のものは勺の材料として有名な木ですが、薬効もあります。葉を煎じて飲むと肝機能改善や糖尿病に効くといわれています。血糖値を下げ、蛋白尿を改善する効果が期待できます」と記載されています。(http://www.pbbk1.com/yakusyoku/00147.html)
このように、櫟野寺で行われている糖尿封じの祈願は、生薬の原料として用いられるイチイの葉や樹皮を煎じて作った薬湯の提供を伴っており、科学的根拠の無い祈祷とは全く異質なものとして扱うべきでしょう。
3.民間療法による健康被害
小内亨医師が管理運営している「健康情報の読み」というサイトの「健康食品や民間療法がなぜ問題なのか?」((98.8.14)と題する記事から、民間療法による健康被害に関する事例を拾い集めると、以下のようになります。
「あるアトピーの民間療法ではお子さんが亡くなられているそうです」
「民間療法の中には、極端な食事制限やある一定の食品を摂らないように指導する場合があります。それが栄養学的に間違っていた場合、栄養障害に陥る可能性があります。特に小児の場合は深刻です。たとえば、マクロビオティック療法という食事療法がありますが、これはビタミンB12が不足することが指摘されています」
「民間療法で頸椎牽引療法をしたため、脊髄の損傷をおこしたなどという例も報告されています」
「日本でも、ある大学病院の先生が次のような報告をしています。知人より、ある著明な棋士が胃癌になったということで、よい医師を紹介して欲しいという連絡がありました。内容を聞いたその先生は胃癌の部位からまだ十分治療が可能であろうと思っていました。しかし、よく効いてみると、その棋士は胃癌が発見されてから、1年間気功治療を受けていたということが分かりました。もちろん、その気功の効果はなく、その1年の間に胃癌は徐々に進行していたのです。残念ながら、その先生は後日、その棋士の死亡記事を新聞で見つけることになります。このように、生命に関わる病気では、治療が少しでも遅れただけで手遅れになる可能性があります」
「民間療法の施術者の中には、病気の診断まで行う人たちがいます。占いなどで、「あなたは胃が悪いですな。」といわれる程度ならまだ笑ってすませるかもしれません。しかし、民間療法の施術者が中途半端な医学的知識を振りかざし、深刻な面もちで「あなたは、悪性の病気である。」と脅したり、逆に重大な病気が隠れているにもかかわらず、大したことはないと断言してしまった場合など、笑い事ではすまされません」
(http://www.page.sannet.ne.jp/onai/Harm.html)
4.民間療法の効用
西田メディカルクリニックHPの「院長コラム〉花粉症の漢方治療と民間治療」というカテ中、「花粉症の漢方治療と民間治療」と題するウェブページでは、「いざという時に役立つ民間療法」という見出しの下に、以下のように記載されています。
■塩の番茶
鼻が詰まって苦しい時は、塩の番茶が効果的です。番茶による消炎効果と塩の血管収縮作用のよって鼻詰まりを改善します。濃く煮詰めた番茶を冷まし、それにひとつまみの塩を混ぜた物を、スポイドで鼻の中を洗います。2~3回続けると鼻がスッとして楽になります。また、この塩の番茶を脱脂綿に染み込ませ、鼻に詰めておいても効果があります。
■おろし生姜の洗浄液
クシャミが止まらない時には、おろし生姜の洗浄に効果があります。辛味の成分がクシャミ、鼻水に有効に作用します。
1、生姜を適量おろし器ですりおろし、ガーゼなどで絞ります。
2、洗面器にあつめのお湯を入れ、生姜の絞り汁を5~6滴この中にたらします。
3、このお湯を、鼻から吸い込んで、口から出します。5~6回続けるとクシャミが止まります。
■花粉症の民間薬
最近、花粉症に効くとされる食べ物がいろいろと取り上げられています。それらの中には、効果がはっきりしないものも含まれています。それらの中で比較的効果が見込めそうなものをいくつか取り上げてみましょう。
【引用者註:以下、品名のみ引用し、説明文を省略】
甜茶(てんちゃ)
シソの葉
花梨(かりん)
緑茶
(https://nishida-medicalclinic.or.jp/column/花粉症の民間治療、民間薬/)
このように、民間療法の中には治療効果があるものもあります。また、予防効果があると云われているものもあり、JA愛媛厚生連HPの「健康お役立ち情報〉耳より健康情報」というカテ中、「風邪を防いで冬を元気に乗りきろう!」と題するウェブページでは、「こんなにあるの!?民間療法のご紹介!」という見出しの下に、以下のように記載されています。
風邪をひかないためには、なんと言っても予防が重要です。昔から風邪に効果があると言われている主な民間療法を紹介します。
1.卵酒
お酒をひと煮立ちさせ、火を止めてから卵と砂糖を混ぜたものを少しずつ加え、混ぜながら温めます。栄養補給と体を温めるのに効果的です。
2.ネギ入りうどん
風邪の初期にネギを普段より多めに入れ、卵を落とした温かいうどんを食べます。ネギは体を温め、内臓の働きを活発にし、発汗作用を高めると言われています。
3.にんにくのホイル焼き
にんにくの薄皮をむき、塩を少量ふってアルミで包みます。これをフライパンか焼き網で蒸し焼きにして食べます。
4.キンカンの甘煮
よく洗ったキンカンを砂糖で煮て食べます。キンカンは柑橘類の中で一番小さい物ですが、果皮に含まれているビタミンCやカロチンの量が多く、重宝がられてきました。
5.生姜入りの飲み物
生姜の成分は体を温め、発汗作用があると言われ、昔から風邪の妙薬として飲まれてきました。風邪のひきはじめ、くず湯に生姜のしぼり汁を入れて飲むと効果があると言われています。
(http://www.kousei-ehime.or.jp/kenkou/mimiyori/cold.html)
5.玉石混交
NEWSポストセブン(週刊ポスト2018年9月21・28日号)の「名医が格付けする民間療法 湯治、鍼灸、漢方が上位に入る」(2018.09.11 16:00配信)と題する記事では、以下のように記載されています。
総合内科専門医で民間療法の現状に詳しい秋津医院院長の秋津壽男医師はこう指摘する。
「民間療法は玉石混淆です。効果が医学的に証明されているものを正しい目的で治療に用いるのはいいが、エビデンスがない療法はかえって病状を悪化させる危険がある」
そこで、秋津医師と、新潟大学名誉教授の岡田正彦医師に、医学的な観点からそれぞれの民間療法を★0~5つで評価してもらった。
【湯治(温泉療法):★★★☆☆】
温泉には必ず「効能」(適応症)が貼り出されている。それらは2014年に環境省が定めた基準に則しているが、医学的根拠に基づいたお墨つきというわけではない。
「有効成分によって神経痛や胃痛などに効果があるとされていますが、これらはあくまで“経験則”に基づくものです。ただ、含有成分にかかわらず、温泉に入ることでリラックスでき、自律神経の調子が整えられるといった効果は認められています」(秋津医師)…(中略)…
【鍼灸:★★★★★】
もっとも評価が高かったのが鍼灸だ。
「腰痛や花粉症、胃痛などに効果があることが明らかになってきています。他の症状についても効果がないか、現在も検証が進んでいます」(秋津医師)…(中略)…
【漢方:★★★★☆】
一般の病院でも漢方を処方されることが増えてきている。
「インフルエンザや風邪の症状を緩和させる可能性が指摘されるなど、エビデンスが増えつつあります。2004年の福岡大学の研究では『補中益気湯』という漢方は、抗がん剤の副作用を軽減すると結論づけています」(秋津医師)…(中略)…
(https://www.news-postseven.com/archives/20180911_758134.html?PAGE=1#container)
これらの民間療法の中で、最も評価が高かった鍼灸は、国家資格であるきゅう師の免許が必要であり、医療の一分野として確立しています。次いで評価が高かった漢方も、保険適用になる場合があります。
6.結語
民間療法は玉石混交であり、個別に効果や安全性を評価することが必要です。また、不治の病に罹った患者が藁にすがる思いで民間療法に飛びつくことにつけ込んで、いかがわしい商品やサービスを高額で提供する悪徳商法を排除しなければなりません。このような観点から、産官学が連携して、民間療法の適正化を図ることが望まれます。