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第38回 東大祝辞

あの記者会見はこう見えた!

石川慶子氏

2019年4月の上野千鶴子氏による東大祝辞が話題になったことを受け、東大がアンケートを学内外で実施した結果が5月28日、公表されました。私にとっては祝辞の中身もアンケート結果も意外ではありませんでした。驚いたのは、東大がこの祝辞を発信することで、最高学府が危機感を持っていると表明したことでした。今回はこの祝辞の内容を詳しくみてみましょう。

数字で畳みかけた現実

私が最初に上野千鶴子氏の祝辞を読み、ユーチューブの動画を見て思ったことは、「祝辞としてはぶっとびすぎだけれど、注目度は抜群。広報戦略としては成功。それにしても、東大がこのような自虐的ですらある祝辞を可としたのは驚きだ。学長が危機感を持っているということだろうか」。

祝辞としてのクオリティはどうなのでしょうか、一緒にみていきましょう。

昨年明らかになった東京医科大の女性学生への差別問題という社会課題から入り、統計数字を並べることで「女子学生が置かれている現実」を強調しました。祝辞でいきなり統計データというのは、意外性があり、この後何を述べるのだろうかとぐいぐい引っ張る力強さがありました。感情論ではない点が好感です。このまま数字で押しまくるかと思いきや、ノーベル平和賞を受賞したマララさんのお父さんの具体的な言葉「娘の翼を折らないようにしてきた」に心を揺さぶられます。なぜなら、この言葉を聞いた女性達は、自分が家庭でどれだけ翼を折られてきたかを思い起こすからです。私もその一人です。私が思い出した言葉は、「女に学問は必要ない」「大学は行く必要がない」。

とここまでは、通常の展開です。驚いたのは、東大工学部の学生が私大の女子を集団で凌辱した事件に触れたことです。おそらく多くの人がこの事件について祝辞で触れることには反発をした可能性があります。私自身もこの部分には違和感が残りました。では、このくだりなしでも、言いたいことは成立したか。女子学生が入れない東大サークルの話に続いても意味は通じますが、東大の中にある男女差別意識への痛烈な批判のインパクトは弱まっていたでしょう。そして、おやっと私が思ったこと。この事件の小説「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ作)が「今、東大生協でベストセラーだそうです」といったくだりは、祝辞の掲載文章からは削除されていました。さすがにここは不謹慎な表現とされたのでしょう。あるいは、元の原稿にはなかったのに、アドリブで加えたか。ここは謎です。

圧倒的な迫力を感じたのは、「ガラスの天井」を数字で畳みかけた部分。学部生の女子比率20%から、修士課程25%、博士課程30.7%と上がるのに、その後は、助教18.2%、准教授11.6%、教授7.8%と低下し、「国会議員の女性比率よりも低い」「学部長15人中1人、歴代総長0」。日本社会における女性の置かれた現実を突きつけました。東大はこの現実に本気で立ち向かい、改革をする決意なのでしょうか。

なぜ、心に響くのか

前半は、数字と具体例を交えて女性の置かれた現状、東大の現状、社会の現状への危機感を述べる内容でした。後半のテーマは大学では「どのような知」を身につけるのかを考えさせる内容でした。

メインのメッセージは、「これまで見たことのない知を生み出すために知を身につけてほしい」。

そこに至るまでの構成。「女性学はないから作った」と自分の実績をさりげなくアピールしつつ、学生には釘をさしました。「東大生ひとりあたりの国費負担は年間500万円」「がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っている」「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください」「あなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界」。そして最後はエールで終わります。「どんな環境でも生きていける知を身につけてほしい」「大学で学ぶ価値は、これまで見たことのない知を生み出すために知を身につけること」

「がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っている」の言葉で私の頭に浮かんだのは、自殺した高橋まつりさん。「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください」では、権力闘争する人達の顔が頭に浮かびました。「どんな環境でも生きていける知を身につけてほしい」は、私が子供達を育てる時に常に使ってきた言葉でもあります。共感せずにはいられない。

なぜ、上野さんの言葉は心に響くのかをまとめてみましょう。数字という客観的な視点で説得力があること、具体例を入れていること、「あなた方」という呼びかけを多用していること、ではないかと思います。

最も意外だったのは、私のライフパートナーが高く評価したこと。「立派な内容だと思う。ありきたりの祝辞よりよっぽどよい。最後は特によかった」と。やや保守的な考えの持ち主なので、反発すると思ったからです。「女に学問は必要ない」と言った今は亡き私の父はどんな感想を持っただろうか、ふと考えました。

【参考サイト】
上野千鶴子 祝辞内容全文
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

祝辞内容に関するアンケート結果
http://www.todaishimbun.org/entrance_ceremony_speech20190528-1/

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